第39話 告白の行方

「……はい?瑠璃が?」


 俺の暴れん坊な噂を自分が流したと言い出した瑠璃。俺はさっぱり理解できずに聞き返した。


「そう私がコウくんの噂の元凶なの」


 瑠璃は目を反らすことなく俺の顔を見続けている。


「どうしてそんな……」


 なぜ瑠璃が?頭がおかしくなりそうだ。


「後藤さんがコウくんのことが気になるって言い出したから、コウくんのには中学の頃から付き合っているって噂を流したの」


「後藤さん?」


「そう。一年でコウくんと同じクラスになってすぐに後藤さんが、コウくんのこと気になるから告白してみようかなって言い出したの。私は同じクラスになれなくて、コウくんとも接点なかったし。悪いことだって分かっていたけど後藤さんにコウくん取られたくなくて……だから後藤さんに伝わるように共通の友達に、こんな噂を聞いたって話したの。でも信じて!妊娠させたとか堕ろさせたとかは言ってないの。そんなこと言う訳ない。たぶん誰かが面白がって噂に尾ひれを付けたことが広まってしまったのだと思う」


「そっか……」


「私、妊娠とかの噂はなんとか訂正しようと頑張ったんだけど、どうにもならなくて……」


「まあ噂ってそういうもんだよ。一度広まった噂はなかなか消せないよ」


「ごめんなさい。全部私が悪いの。二年間、コウくんがクラスで孤立していたのもその噂のせい。本当なら後藤さんがコウくんに告白して、付き合って、幸せな高校生活を送っていたはずなの。私が邪魔したの。本当にごめんなさい。謝って許されるものじゃないのは分かっているけど……」


「はぁーっ……そういう事だったのか。なんだ良かったよ、妊娠とか堕胎させた噂まで瑠璃が流したのかと思ってビックリした。さすがに酷いからね」


「うん、あまりに酷いと思って、噂の出どころを調べたんだけど分からなくて……」


「そっか、そんな事までしてくれてたのか、ありがとな」


「お礼なんて!元々私が言い出さなければそんな事にならなかったわけだし……本当にごめんなさい」


「うーん、あのな……正直に言うよ?」


 このままじゃ瑠璃の罪悪感は消えそうにない。そう思った俺は覚悟を決めた。


「……はい」


 瑠璃の顔が強張っている。


「正直、後藤さんの顔を今日見たけど、さっぱり覚えていなかったんだ。だから瑠璃が考えているほど俺にショックはないよ。元々、三年になるまで家の中がゴタゴタしてて、友達作って楽しく学生生活を送ろうなんて考えもしなかったから、噂があってもなくてもボッチだった可能性が高いと思うし。だから瑠璃もそんなに気にしなくても良いんだぞ?」


「でも、私が邪魔しなかったら、今頃この家にコウくんと一緒に居たのは後藤さんだったかもしれないのよ?顔を覚えてないって言ったけど、それはただのクラスメイトだったからで、告白されてたらどうなってたか分からないでしょ?後藤さん、いい子だし美人でスタイルも良いし。私は後藤さんとコウくんの幸せを壊してしまったかもしれないの。二人の人生の邪魔をしてしまったかもしれないの。それに今までずっとコウくんに黙ってたし。許されることじゃないわ」


 ムキになって言い募る瑠璃、あぁそうか、こんなにも自分を責めながらずっと抱えていたんだな。


「あのな瑠璃、さっきから仮定の話ばっかりだよな。かもしれない、かもしれないって。でも実際に俺の隣に居てくれたのは瑠璃なんだよ、後藤さんじゃない。俺を幸せにしてくれたのは瑠璃だ、他の誰でもないお前なんだぞ?」


「でも……でも後藤さんと結婚していればコウくん、いま一人で寂しい思いをしなくて良かったかもしれないのに。私、二人の邪魔をしたあげく先に死んじゃって……私ね、こんなに若くして死ぬことになったのは、きっと神様が罰を下したからなんだと思ったの。二人の幸せな人生を邪魔した罰で病気になったんだって。コウくんは本当は後藤さんと一緒になる運命だったんじゃないかって……」


「瑠璃、いい加減にしてくれ。自分が幸せかどうかは自分で決める。俺は瑠璃と一緒になれて本当に幸せだった。お前がいたから毎日が輝いていたんだ。俺の幸せをお前が否定するなよ、お前だけには否定されたくないよ」


「コウくん……」


「俺はお前と一緒になったことを後悔したことなんてない。お前が死んでからも一度だってない。瑠璃は?俺と結婚して後悔してたのか?俺なんかじゃ瑠璃を幸せにできなかったのか?」


「……そんなことない!私だって一度も後悔なんてしたことない!罪悪感はずっと持ってた。汚いことをしたと反省もしてる。でも、コウくんと一緒にいられて本当に幸せだった、世界一幸せだった」


 瑠璃は、大粒の涙を流しながらも、必死で気持ちを伝えようとしてくれている。


「なら良いじゃないか。俺もお前も幸せだったし、精一杯お互いを大切に想ってきたんだ。こんな幸せな夫婦、他にないんじゃないか?俺はなぁ瑠璃、お前が死んで本当に悲しかったし寂しかった。でも同時に思ったんだ、瑠璃と出会ってこれまで本当に幸せな人生だったし、これからもお前を想い続けることで幸せでいられるって。だからそんなことで苦しむ必要なないんだ。お前は俺を幸せにしてくれたんだから、もっと誇ってくれて良いんだぞ」


「コウくん……ありがとう。ううぅっ……」


 拭っても拭っても涙が止まらない瑠璃、とうとう最後は嗚咽になってしまった。


「もう気にするな。俺なんかのために悪いって分かっていながら頑張ってくれたんだな。おかげで俺は瑠璃と付き合うことができた。むしろありがとうだよ、その頃の瑠璃に良くやったって褒めてあげたいよ」


 声が出せなくなった瑠璃は何度も何度も頷いていた。





 しばらくして、ようやく泣き止んだ瑠璃、目が真っ赤だ。


「落ち着いたか?」


「……うん、もう大丈夫」


 鼻をズビズビ言わせながら微笑む。やっと笑ってくれたよ。


「たくさん泣いたから、しっかり水分補給しとけよ。ホットミルク、温めなおしたから飲んどけ」


 湯気の出ているマグカップを瑠璃の前に置く。


「……コウくん、私、たぶんもうすぐ居なくなると思う。もう向こうに帰らなきゃ」


「は!?なんで?なんで急にそうなる?」


 驚きすぎてマグカップに触っちゃたよ、ホットミルクが少し零れたよ。


「私がこっちに戻ってきたのは、さっきのことを告白するためだったの。言わなかったことがずっと心残りだった。本当はね、もっと齢を重ねて、コウくんのお世話を頑張って、たくさん幸せにして自信をつけてから告白するつもりだったの。でも急に病気になってしまって……病気になってからも告白しようとしたのだけど、どうしても怖くて。全部話したらコウくんに呆れられてしまうんじゃないかって、そしたら一人っきりで死ぬことになるんじゃないかって……だから最後まで言えなかった。でも今全部話したから、もう私がここに居る理由がなくなったの」


「いやだって、俺の彼女を探すとか言ってたじゃん。まだ見つかってないけど?」


「それはまぁ、ついでみたいなものだったし。大丈夫、コウくんならきっと見つかるわよ。私が保証する」


 嘘だろ、いきなりそんなこと言われても……。


「聞かなきゃ良かったよ、告白……」


「フフッ、でも近いうちに言うつもりだったのよ?言わなかったとしてもタイムリミットはそう遠くなかったと思うし」


「マジか……」


 なんなら今日イチ驚きの告白だよ。


「後藤さんが来るって聞いたときからこうなる予感はしてたの。アドレス書いた紙まで渡すなんて予想はしてなかったけど。どうするの?後藤さん」


「連絡するわけないじゃん。ホント記憶に残ってない人だったし」


「そう……私なら反対しないわよ?」


「いや無理だから」


 連絡なんかすると、過去の瑠璃を否定することにもなるしな。後藤さんとは縁なんかありません。


「そっか……」


 瑠璃はそう言ってマグカップを両手で持ち、ホットミルクを美味しそうに飲んだ。

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