第38話 告白

『私が最後に出来る事は、コウくんの前から消えていなくなることなのね』


 仕事中も瑠璃の言葉が頭を離れない。瑠璃がいつかは居なくなってしまうことは分かっている。今の状況が不自然なことも理解している。琴美の身体にも負担かけているだろうし、瑠璃も最初からそう言っていた。それでも一日でも長く今の生活を続けたいというのが俺の本心だった。


「はぁー……」


「須崎さんが溜め息つくなんて珍しいですね」


 俺の弁当をチェックするのが楽しみになっている同じ課の女子社員に言われてしまった。反省。




 水曜の夜、琴美とご飯を食べていたら、家の電話が鳴った。相手は後藤亜矢と名乗り、瑠璃が亡くなったのを知って連絡してきたそうだ。お義母さんに聞いたらしい。


 日曜に線香を上げに来たいと言うので、了承し住所を教えた。後藤?どこかで聞いたような……。



「だから後藤亜矢ちゃんだよ!コウくん二年間一緒のクラスだったじゃん、なんで覚えてないの?」


 瑠璃にコイツ頭大丈夫か?みたいな顔された。とても悔しい。二年間、真正のボッチだった俺を舐めんなよ。


「そっかー、亜矢ちゃん来るのかぁ……」


 そう言って瑠璃は黙ってしまった。なんだろう?いつもと違う感じだ。




 日曜日、元クラスメイトだったらしい後藤さんを迎える。顔見ても思い出せないのは、若年性認知症とかじゃないよね?


「お久しぶりです。私のこと覚えてます?」


 玄関で俺の顔を覗き込むように質問してきた後藤さん。


「ええ、二年間一緒のクラスでしたし、もちろん覚えていますよ」


 すみません閻魔さま、俺いま嘘をつきました。


「こんにちは!」


 俺の足に隠れていた琴美が可愛く挨拶する。後で誉めてあげよう。


「こんにちは、私はお母さんのお友達です。お名前は?」


「ことみー!」


「そう、良い子ね」


 後藤さんに褒められて嬉しそうにはにかむ琴美がマジ天使。


「琴美、パパたち少しお話するから、自分の部屋で遊んでてくれるか?」


「わかったー!」


 パタパタと走って行く琴美、マジ大天使。



「早速、瑠璃にお線香を……」


 そう言う後藤さんをリビングに通す。でも家には仏壇とか無いから、写真を飾っている祭壇っぽいところに案内した。仏壇はいらないと瑠璃に言われたんだ。岡山の実家で、お祖母ちゃんの位牌と一緒に私のも置いてくれると思うから、東京の自宅にはいらないって死ぬ前に言われてたんだ。


 後藤さんにはお線香じゃなくて、手を合わせるだけにしてもらった。瑠璃はこの様子を見ているだろう。


「すみません、来るのが遅くなってしまって。瑠璃がこんなことになってたなんて思いもしませんでした」


 高校の頃の連中とは完全に縁が切れていたし、俺もわざわざ連絡しなかったから無理もないな。


「いえ、瑠璃も喜んでいると思います」


 とりあえずテーブルに座ってもらい、紅茶を出した。


「後藤さんは、瑠璃と仲良かったのですか?」


「はい。高校で最初に仲良くなったグループだったんです。二年生の頃まですごく仲良くしてました。覚えてません?一、二年の頃、瑠璃が私のいるクラスによく遊びに来ていたこと。須崎さんも目にしていたはずですよ?」


 そう言えば、帰省して高校見に行ったときに瑠璃がそんなこと言ってたような……。


「あぁ~、正直あまり覚えてませんね」


「瑠璃からも何も聞いてないのですか?」


 聞いたのって、つい最近だしな。


「あの頃、ちょっとクラスで浮いてましたし、周囲のこととか気にしてなかったもので、正直あの頃のことってほとんど覚えてないですね」


 休み時間は寝たふりか、小説を読んでいたからな。周りはただの雑音でした。


「いつも一人だなとは思っていたんです、須崎さん。……それってやっぱり、あの噂のせいですか?」


「噂?」


「そう、須崎さんには中学から付き合っている人がいるっていう噂。えっ!?これも瑠璃から聞いてませんか?」


「えーっと……はい。初耳ですね」


 なんだそりゃ?


「うちの学年では結構有名な噂だったのですけど……」


「ハハハッ、友達とかいなかったので、噂を教えてくれる人がいませんでしたね」


「じゃあ、その……少し言いにくいのですが……」


「なんですか?」


「……中学時代に彼女を妊娠させて堕ろさせてたっていうのも?」


「んなっ!?そんな噂があったのですか?俺に?」


 大きな声が出た。今更知るショッキングな真実。


「あっ、もちろん私は信じてません。須崎さんと付き合うようになったときに瑠璃から完全なデマだったと教えられましたし。でもたぶん、須崎さんがボ、浮いてたのはその噂のせいだと思います」


 いまボッチって言おうとしたよな。そんなことより驚いた。バリバリ童貞だった自分にそんなセンセーショナルな噂があったとは。そりゃ田舎の高校でそんな噂が出回れば誰も近づかないわな。


「本当に瑠璃からは何も聞いてないのですか?」


「ええ、まあ……」


「そうですか。でも仕方ないのかもしれません。私と瑠璃が高三で仲違いしたのって、その噂が原因とも言えますから」


 後藤さんの表情に陰が差した。


「ん?どうして俺の噂で二人が仲違いするんですか?」


「それはその……私、実は一年の頃から須崎さんのことが気になってまして、周りの友達にも相談していたのです。でもどこからかそんな噂が回ってきて、それで……」


「ああ、なるほど。そりゃ躊躇しますよね」


 高校一年生でそんな暴れん坊な噂が出回れば、誰だって二の足踏むよね。


「はい。でも高三で同じクラスになった瑠璃が、あっさり須崎さんと付き合い始めて、噂はデマだったって笑いながら話してきたときに、ちょっと怒ってしまって」


「……」


「噂がデマだって知ってたのならどうして私に言ってくれなかったのかって。私の気持ちを知っていたくせに裏切りだよねって、瑠璃のことを責めてしまって。瑠璃は謝ってくれましたが、どうしても許せなくて私……」


「そうでしたか……。そんなことがあったなんて知りませんでした」


 今日は初耳なことが多いな。


「今日はそのことも瑠璃に謝りにきたんです。ずっと引っかかってて」


「大丈夫です。瑠璃のことだから、きっと気にしてなかったと思いますよ?」


 まあこう言うしかないよな。本人に後で聞いてみるか。



 その後、後藤さんは、高校時代の瑠璃にまつわる面白い話を聞かせてくれた。さすが瑠璃、俺の知らない二年間で色々やらかしていたようだ。後藤さんも途中から少し笑顔を見せるようになった。




「今日はわざわざ遠いところをありがとうございました」


 帰り際、玄関で挨拶する。このためだけに岡山から出てきてくれたのだ、本当に有難い。


「いえ、久しぶりに瑠璃の話ができて楽しかったです。須崎さんもあの頃と変わらなくて……その、やはり素敵だなって思っちゃいました」


 あの頃って高校時代ってことだろ?さすがに変わったろ?あれ?俺って成長してないってことか?大人になれないピーターパン。


「私、今でもたまに須崎さんのことを思い出すんです。あの時、噂なんか信じないで勇気を出していれば、今ごろ幸せになっていたのかもって……」


 たらればの話をされても困るよね。


「実は私、バツイチでして、なので余計に後悔が募るんですよ。もしもあの時、って……。すみません急にこんな話をしてしまって」


「あーいえ、お気になさらず」


 いやホント、玄関でする話じゃないよね?


「もし、もしも良かったらなんですけど、これ私のアドレスです」


 そう言って後藤さんは小さな紙きれを渡してきた。


「今日は突然すみませんでした。失礼します」


 唖然としている俺をよそに、後藤さんはそそくさと帰ってしまった。俺は「あっ」とか「うっ」としか言えなかったよ。突発的な色恋に対応するには経験値が足りなさすぎる。





 その日の夜、瑠璃とのホットミルクパーティーはもちろん後藤さんの話になった。


 瑠璃は予想通り、俺たちの話を聞いていたようだ。


「なあ瑠璃、後藤さんの言ってた噂ってさぁ――」


「本当よ、今まで黙っててごめんね」


 マジかぁ、どこのイケメンプレイボーイだよ俺。


「まあ、瑠璃は俺がショックを受けると思って黙っててくれたのだろうから、今さら責めるつもりはないよ」


 器の大きいところを見せる俺。


「違うわ……」


 間違えた俺。


「違うって、何が?」


 瑠璃は俺の目を真っ直ぐ見て言った。


「……その噂を流したのは私なのよ」

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