第35話 お誘い
週が明けて、月曜恒例『おかず一品だけ弁当』の日。
今日のお昼は『タコ&カニさんウィンナーのみ弁当』です!
日曜の料理教室で手がつるまで飾り切りの練習をさせられたんだ。カタツムリとペンギン、あとウサギにも挑戦した。ペンギンは謎の宇宙人みたいになったけど。
結構上手くいったから夕飯に出してみたんだけど、琴美は微妙な反応だった。まだ喜んでもらえるレベルじゃないということか。頑張ろう。
そんなわけで昼休み、机で他の人に見られないように注意しながらコソコソ一品弁当を食べていた。
「須崎さん、もしかしてまたですか?」
前回の『卵焼きのみ弁当』を見た女子社員が憐れみを込めた目線をくれる。いらない、放っておいてくれ。
食後、ウィンナーの香りで満たされた口の中をお茶で洗い流しているとスマホが鳴った。時川さんからだった。
「どうしました?」
「すみません、今少しお時間ありますか?」
「大丈夫ですよ」
「ではすみませんが、総務部の隣の給湯室に来ていただけますでしょうか?」
昼休みはあと20分くらい残っている。用事が何であれ問題ないだろう。
「わかりました。すぐ参ります」
俺はそう言って弁当を片付けながら立ち上がった。
社内に幾つかある給湯室のうち、総務部の隣にある給湯室は実質総務部専用になっている。他の部署の人間は決して入ってはならないという暗黙のルールがあった。それは女帝の聖域を汚す行為だからだ。だが俺はその暗黙のルールを破る猛者となる!
「お待たせしました」
「お呼び立てして申し訳ありません、ここなら他の人の目もありませんので」
少し緊張した様子の時川さん。
「大丈夫ですよ、相嶺さんの件ですか?」
まだ何かあるのだろうか、だとしたら営業部の連中には見られたくないだろう。
「いえ、その件はもう平気です」
ハズレた。
「そうですか。あ、土曜日はありがとうございました。琴美も相当楽しかったみたいで、日曜もずっとご機嫌でした」
「なら良かったです。私の方こそ呼ばれもしないのに押しかけてしまって、ご迷惑をおかけしたのではないかと心配していました」
「まさか。自分だけだったら、あそこまで琴美を楽しませることは出来なかったでしょうから、本当に助かりましたよ」
俺の言葉にホッとした表情を見せる時川さん、しかしすぐまた緊張した表情に戻る。
「それで、ですね、今日お呼びしたのはですね……えっと、今度は私と二人で出掛けていただけないかと思いまして……できればその……良かったらなんですけど……」
目を伏せ、尻つぼみになりながら話す時川さん。顔も少し赤い。あ~っ、これはデートのお誘いなのか?お誘いなのだろうな、さすがに勘違いではないだろう。
「あの~俺、子持ちですよ?」
「知ってます」
ですよね、一応確認しただけです。
「え~っと……」
「あっ!ご迷惑でしたら断わっていただいて全然構わないので!すみません、土曜日とても楽しくてつい勝手に盛り上がってしまってその……」
どう答えれば良いのか悩んでいると、言い訳をするように時川さんが喋り出した。これは良くないな、ちゃんと真面目に返答しなくては。
「いえ、迷惑などではないです。ただ、まだ気持ちの整理がついてない状態でして。自分自身、どうして良いのか分からないと言いますか……大変申し訳ないのですが、少しお待ちいただけませんでしょうか?」
「え?……あっ、ハイ、わかりました。すみません、須崎さんのお気持ちも考えず勝手なことばかり言って。では失礼します」
そう言って、慌てて給湯室から出て行ってしまった時川さん。あれ?これなんか断った感じになってる?
その夜、いつものように瑠璃とホットミルクを飲む。
「それで?コウくんはどうしたいの?」
昼間のことを瑠璃に話すと、瑠璃は茶化すことなく真剣な表情で俺に質問してきた。
「どうって言われてもな……。前にも言ったけど、俺は今の状況で満足なんだよ。付き合うとか恋人とかは今は必要ないかな。でも瑠璃には彼女作れって言われるし、まあ普通に考えたらそうなんだろうけどさ。だからってその気も無いのにデートしてもなぁ、あっ、時川さんがどうこうって話じゃないよ?」
「ん~っ、煮え切らない!そんなウダウダ言ってるコウくんは格好悪い!」
「瑠璃に格好悪いって言われた……」
たぶん初めて言われた。ショックだ。瑠璃だけはどんな俺でも褒めてくれてたのに。
「私が聞きたいのは、時川さんのことをどう思っているかなのよ?他のことは取りあえずどうでも良いの!」
「……良い子だと思ってるよ?思いやりもあるし、頑張り屋さんだし、話もちゃんとできるし、琴美にも優しいし」
「若いし、綺麗だし、お肌ツルツルだし?」
時川さんの良い所を挙げていたら、瑠璃が追加してきた。今は容姿のことは言わなくてもよくね?
「そう思うのなら、デートぐらいすればいいじゃない?」
「……」
でもさ……。
「前にも言ったけど、時川さんならありだと思うよ。琴美とも相性良さそうだし」
「……」
そしたらお前……。
「コウくんが今なに考えているの当ててみようか?」
「……」
「ハァ……結局、私が最後に出来る事は、コウくんの前から消えていなくなることなのね」
「や、やめろよ!そんなこと言うなよ!お前が居なくなったら俺……また抜け殻みたいになってしまう……」
本当に勘弁してくれよ……。
「あのねコウくん、そうならないためにも新しい恋人を作ろうって話なのよ?」
すこし呆れた表情をする瑠璃。
分かっている、頭では分かっているんだけどさ。新しい恋人が出来る=お前が居なくなる、なら俺は今のままが良いんだよ。
「まったく困った旦那さんよね」
苦笑いを浮かべる瑠璃。
「もう少しだけ考えさせてくれないか?」
「良いわよ。でも忘れないで、私だっていつまでもここに居られるわけじゃない。たぶん、そう遠くないうちに向こうに戻らなきゃいけないのよ?」
瑠璃は少し悲しそうな表情を浮かべながら、諭すように俺にそう言った。
現実はいつも残酷だ。
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