第33話 別視点 4―1

 俺は松島竜二。


 話をするのは苦手だが、頑張って少し話す。



 幼い頃、母親に憑いている兄の霊が見えてしまい、それ以降頻繁に霊を見ることになった。


 初めの頃は怖くて仕方がなかった。他の人はどうして平気なのだろうと不思議だった。


 自分が普通ではないと気付いたのは小学校に上がる前、霊が見えると言った俺を、両親は血相変えて病院に連れて行った。心配そうな両親の顔を見て、俺は霊の存在をなかったことにした。


 霊が見えても目を反らし、気配を感じても気付かないふりをした。両親に心配かけたくなかった。



 それ以降、なるべく人と関わらないように生きてきた。たまに俺に興味を持つ人間もいたが、俺が他人に関心がないと知ると自然と離れていった。



 高校を卒業して、そのまま家の仕事を手伝うようになった。植物が相手なら喋らなくて良いからな、家が農園を営んでいて助かった。



 そんなある日、近くの公園で子供の霊が泣いていた。いつもなら見えないふりをして通り過ぎるのだが、なぜか気になった俺は立ち止まりその様子をただ見ていた。


「どうしてあんなに泣いているのかしら」


 気付くと隣に女が立っていた。


「……」


「誰かを待っているのかな?」


「……」


「ねぇ、あなたも見えているのでしょう?なぜノーリアクションなの?」


「驚いている。自分以外に見える人間に会ったことがない」


 本当に驚いた。驚きすぎて身動きが取れなかった。


「ちょっと話しかけてみるわね」


 そう言ってその女は子供の霊に、どうして泣いているのかと尋ねた。だが霊は喋らない。いや喋れない。その子供も口をパクパクするだけで、喋ることは出来なかった。


「そう、お母さんを探しているのね」


「……なんで分かった?」


「読唇術よ。便利だから習得したの」


 変な女だと思った。積極的に霊と交流しようとしている。ずっと避けてきた俺には理解できなかった。


「あなたはもう死んでしまったの。だから先に行って待ってなさい。お母さんもすぐ来てくれるから」


「おい!あまり適当なことを言うな!」


「大丈夫よ、死んだ人間に時間は関係ないわ。何十年が一瞬だったりするそうよ」


 そういうものなのか?なんでそんなことを知っているのだこの女。


 女の言葉を聞いた子供の霊は、安心したように笑顔を見せ、空に浮かんだあとスッと消えて行った。


「素直で良い子……」


 女は少し寂しそうに微笑んでいた。



 しばらく子供を見送った女は、俺に振り向き自己紹介を始めた。


「私は本郷京香、岡山大学の学生をやってます。たまに除霊師のようなこともしています」


 女は俺の目を真っ直ぐ見てそう言った。仕方がないので俺も自己紹介をすることにした。


「松島竜二だ」


「……え?それだけ?」


 不服らしい。


「実家の果樹園で働いている」


「……」


「28だ」


「……」


「……あと何を言えばいいんだ?」


 人と話すのは苦手なのに、催促するような目をしてくる。そうやって困っていると、女はクックックッと笑った。この女は苦手だと思った。


「まあそれで許してあげます。連絡先を交換しましょう。スマホ出して」


「……なぜ交換する?」


「せっかく見える人間と知り合えたのよ?あなたもさっき言ってたじゃない、見える人間と会ったことないのでしょ?」


 それもそうかとスマホを取り出し連絡先を交換した。


「これからよろしくね」


 そう言って女は笑った。その時の俺は少し険しい表情をしていたと思う。



 それ以降、何度か本郷京香の除霊の仕事を手伝ったりした。本郷曰く、厳密には除霊ではないらしいが。


 本郷は変わった女だった。霊と接するのは好きではないと言いつつ、除霊の仕事をこなしていた。友達も多くとてもモテたが、彼氏は作ったことがないらしい。


 俺と居ても無理に話しかけてくることはない。俺が何も喋らなくても苦にならないらしい、そこは正直有難かった。




 5年後、義弟の須崎君から帰省するという連絡が入った。妹の瑠璃は既に亡くなっているので、今も義弟と呼べるのかは知らん。


 須崎君と姪の琴美ちゃんを見て驚いた、瑠璃が琴美ちゃんに憑いていたのだ。瑠璃は俺の顔を見て笑っていた。あんな元気な霊を見たのは初めてだったので更に驚いた。


 次に見た時、瑠璃は琴美ちゃんに憑依して須崎君と普通に話していた。我が妹ながら本当に変な奴だと思った。それを普通に受け入れている須崎君も只者ではない。


 婚約したばかりの京香にも会ってもらい、すぐに仲良くなっていた。四人で楽しいひと時を過ごした。


 瑠璃は両親には何も言わずに帰っていった。おそらくもう二度と会うことはないのだろう。本人もそのつもりのようだった。




 瑠璃たちが帰って数日後、京香の両親に挨拶することになった。緊張する。


 京香の父親に向かって挨拶をした。


「初めまして、松島竜二です。京香さんと婚約しました」


「……」


「……」


 気まずい。


「君はそうだね」


 父親の眼光が鋭い。


「はい」


「そうか……私たちは見ることができなくてな、京香には寂しい思いをさせてしまった。京香を頼む」


 そう言って京香の父親は頭を下げた。俺も頭を下げた。


 京香の母親は、少し俺の母親に似ていた。バタバタと忙しく動き回り、元気によく喋る印象だ。


 京香から以前、曽祖父が見える人で、幼いころ手ほどきを受けたと聞いたことがある。それでこんなに理解があるのだろう。少し羨ましかった。




 ◇◇◇◇◇


 明日は、竜二視点パート2です。


 少し長くなりそうなので分けました。

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