第30話 サプライズ接待
木曜日、今日も会社帰りに保育園に寄り、琴美を迎えに行った。
担任の柿崎先生に挨拶すると、機嫌が良いようでニコニコしていた。でも「ムフッ」って笑うのは気持ち悪いので止めた方が良いと思った。
土曜に遊園地に行くことを琴美に伝えると、大喜びで着ていく服を選び始めた。
考えてみたら瑠璃が亡くなって以来、琴美と行楽地に出かけたことが無かった。瑠璃にも怒られた。反省。
目いっぱい楽しませてあげよう。瑠璃も一緒にいるだろうし、俺が父親として立派に務めを果たしているところを見てもらおう。
金曜日、いつものように琴美を迎えに行くと、玄関口に般若の表情を
「須崎さん、あまり若い子のお尻を追いかけるのはどうかと思いますよ」
前置きなしにキツめの言葉が叩き込まれた。背筋がヒエッ!ってなって、大事な金の玉がヒュッ!ってなった。園内で突発的なブリザードが発生したようだ。今度から防寒具を持ってくるようにしよう。
その日の夜、般若の原因は絶対瑠璃だろうと問い詰めた。
「え~っ?!琴美6才だからよくわかんな~い」
「そういうのはいいから、早よ!」
「……可愛く言っただけだよ?『パパ、彼女ができたの!北岡先生より若いんだよ!』って」
「おまっ!なんて余計なことを……『北岡先生より若い』は必要か?なんでそういうこと言っちゃうかなぁ」
有り得ねぇ~、そりゃ般若だって降臨するよ、肩幅に足拡げて腕組むよ。
「え~、だってちょっとムカついてたしぃ」
俺を批判した意趣返しがしたかったらしい。しかし瑠璃よ、同時に俺の評判まで下げてるからな。若い子の尻を追い回す奴として噂が広まるのも時間の問題だろう。昨日の柿崎先生のムフッはこれだったか……。
来週からどんな顔して琴美を迎えに行けば良いんだよ。頭を抱えた。
土曜日、今日は琴美が楽しみにしていた遊園地だ。お昼を園内のレストランで食べるつもりなので、お昼ちょうどくらいに到着。
琴美と手をつないで入り口ゲートに並んだ。琴美はキラッキラの笑顔を向けて来る。あぁ来て良かった、昨日までの疲れも吹っ飛ぶようだ。
「須崎さん!お待ちしてました!」
琴美の笑顔に癒されていたところ、後ろから呼ぶ声がした。その方向に顔を向けると、薄い紫のワンピースを着た時川さんが立っていた。腰のところでキュッと絞っててオシャレですね。でもなんで?
「えっと、時川さんがどうしてここに居るのでしょうか?」
「きょう一日、須崎さん親子の接待を仰せつかっている時川芽衣です。どうぞよろしくお願いします。琴美ちゃん、私のことはメイって呼んでね」
キョトンとしている琴美の前でしゃがんで目線を合わせる時川さん。
「メイお姉ちゃん?」
「そう!メイお姉ちゃんです!よろしくね」
「わかったー!」
早くも打ち解けたようだ。良かったな琴美……じゃなくて!ちゃんと説明しろや!
「どうして時川さんがここに居るのですか?」
俺は質問を繰り返す。
「総務の石野さんにチケットを貰いました。須崎さんにも渡してあるから、土曜の午後に入り口で待っているようにと。この前のお礼を兼ねて、娘さんを案内してあげるようにと言われました」
「この前のお礼?それならネクタイを頂きましたよね?それで終わった話だと思っていたのですが?」
「いえ、あれくらいでは私の気が済みません。石野さんにも、しっかり案内するよう仰せつかってますので……ご迷惑でしたか?」
「あ、いや、そういう訳ではないのですが、何も聞かされてなかったもので、ちょっと驚いてしまいまして」
こうなると追い返すわけにもいかないよな。でもさ、今日は琴美と瑠璃と家族水入らずで楽しもうと思っていたのだけど……。
「石野さんは『サプライズ接待』だって言ってました。お茶目な方ですよね」
そう言って笑顔を向ける時川さんに、俺はそれ以上何も言えなくなった。と言うか何考えてるんだ女帝様よぉ。
そうこうしている間に順番がやって来たので、チケットを見せ園内に入った。
一歩園内に入ると、そこは魅惑の別世界が広がっていた。カラフルな施設に、キュートでファニーなアトラクションが俺たちを出迎えてくれていた。自然とテンションも上がる。
ここは琴美のような小さな子供でも楽しめるアトラクションが沢山あって家族連れにも人気の遊園地だ。というのをネットで予習した。
「さてと、まずは腹ごしらえかな」
たしか色々なメニューがあるフードコートみたいなところがあったはず。
「ダメです須崎さん、今の時間はどこも混んでいます。先に人気のアトラクションで遊んでからにしましょう」
お腹もすいてきたし昼飯にしようかと考えていた俺、いきなりダメ出しされてしまいました。こっちです!と琴美と手をつないで歩き出す時川さん。
ちょっと待って、琴美と手をつなぐのは俺の役だよね?まあ琴美も楽しそうにしているので別に良いのだけど、なんだろうこの疎外感。仕方なく後ろからトボトボついて行った。
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