第29話 断固反対
「須崎君、この後ちょっといいか?」
水曜日、会議室でのミーティングの後で大島部長に呼び止められた。
「なんですか?大島部長」
「実はな、石野さまからこれを預かっているのだが」
と差し出されたのは都内にある遊園地のチケット2枚。
「これは?」
「石野さまから、君に渡してほしいと言われてな。この前の食事会が楽しかったとのことで、これはそのお礼だそうだ。娘さんと楽しんできてほしいと言われていたぞ」
どうでも良いが大島部長は最近、総務の石野さんを『石野様』と呼び始めた。最初はふざけて様付けしているのかと思っていたが、そうでもないようだ。よくわからん。
「うーん……食事会は僕も普通に楽しかったので別にお礼とかいらないのですけど」
なぜお礼?そしてなぜ大島部長経由?
「しかし、せっかくこうしてチケットがあるのだから、ご厚意に甘えても良いだろう?」
「まあそうですね。せっかくですので有難く――」
「ただな、このチケットは今度の土曜で有効期限が切れるから、早めに使わないといけなくてな」
「はあ、では土曜にでも行ってきます。琴美も喜ぶと思いますし」
「そ、そうか!良かった。石野さまからのご厚意を無駄にはできんからな。そうそう、夕方からパレードがあるそうだから、行くなら午後からの方が良いらしいぞ。では渡したからな。うん、良かった」
なんだかホッとした感じの大島部長、少し疲れているのかな?
「そんな訳で土曜日は久しぶりに遊園地に行くから」
その日の夜、瑠璃に大島部長とのやり取りを話した。部長が少し疲れているっぽいというのも添えて。
「いいんじゃない?私も琴美が楽しんでる姿を後ろから見たいし」
部長が疲れているのはスルーか。
「先週の土曜は友達と遊ばせてやれなかったから、穴埋めにちょうど良いかもな」
先週の『尾上さんビックリドッキリ大作戦』は素晴らしい効果を発揮している。なにせあれ以降、尾上さんが全く話しかけて来なくなったのだ。
と言うか昨日など、お迎えの時に俺を見かけた尾上さんが、真っ青な顔をして凄い早歩きで逃げて行った。やっぱり少しやり過ぎたかな?と少し反省した。
まあ過ぎたことだ。
「……ねえコウくん、ちょっと言いにくいのだけど……」
「ん?どした?」
「きょう、担任の柿崎先生と北岡先生の会話を聞いてしまったの……違うの!盗み聞きしようとしたわけじゃなくて、たまたま聞こえてしまったのだけどね」
「ふーん、それで?」
盗み聞きはいけないぞ、とか言うつもりはサラサラないよ?相嶺さんのときにさんざん盗み聞きしてもらったしな。
「柿崎先生がね、『最近、須崎さんへのアピール凄くない?』って言ったら、北岡先生『バレました?でも彼、けっこう優良物件だと思うんですよ、ルックスは普通ですけどね』とか言って笑ってたの」
「あ~そうなんだ」
「酷くない?優良物件なんてさ!コウくんを何だと思っているのよ!」
「あれ?確か瑠璃も同じようなこと前に言ってたよな?」
「私はいいのよ、妻なんだから」
妻なら夫を物件扱いして良いのか?
「それにルックスは普通って!コウくんに失礼すぎるわよ!」
「ルックスについては自分を客観的に見れてるから別に構わんけど」
普通と評されたなら御の字ではなかろうか?
「ダメよ!コウくんに謝ってもらいたいわ。あと私にも!」
嫁の言葉がよく理解できない。
「アレはダメよ!以前勧めておいて今更こんな事は言いたくなかったけど、北岡先生はコウくんに相応しくない!断固反対します!」
拳を振り上げ反対をアピールする瑠璃。見た目は6才児なので可愛いしかない。
「だからさ、俺は最初から恋愛対象には見ていないと言っ――」
「よく考えたら、琴美のこともコウくんに近づくために利用していただけだわ!断固反対!徹底抗戦!一億玉砕!」
「聞けっ!俺の話を!」
なんか物騒なことまで言い出した。話も聞かずに反対!反対!反対!とシュプレヒコールを上げる瑠璃……だめだな、しばらく放っておこう。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
「落ち着いたか?」
「ハァ、ハァ……うん」
数分後、やっと沈静化した瑠璃に少し冷えてしまったホットミルクを渡す。喉が渇いたのだろう、ズズッと飲んでいる。
「まあそんな訳で、北岡先生に関しては、今後スルーしとけば良いだろ。どうせあと数ヶ月で卒園だし」
「でもそれまでしつこくして来そう。私が言おうか?」
「なんて?」
「『パパに彼女ができたの!』って。その一言で試合終了だと思う」
「そうなの?じゃ悪いけど頼むわ」
それで済むなら有難い。
「わかった。あ~あ、なかなか見つからないもんだなぁコウくんの彼女」
「甲斐性がなくてすみませんね」
そんな簡単に彼女ができるなら誰も苦労はしないって。
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