第28話 カタッ

 翌日、昨日と同じくらいの時間に琴美を迎えに行く。


 保育園を出てすぐに尾上さん母娘おやこと遭遇した。いや、これは待ち構えていたな。


「二日連続とは奇遇ですね、須崎さん」


「そうですね」


 なに言うとんねんお前、がっつり待ち伏せてたやろがい!と心の中で文句を言いつつ表情には出さない。


「そうだ!昨日の話なんですけど、今週末にでもお伺いしてもよろしいですか?琴美ちゃんも陽菜も楽しみにしているようですし」


 案の定来たな。でも大丈夫、対策はちゃんと練ってありますからね。


「ええ良いですよ。日曜はちょっと用事がありますので、明日の土曜の午後でいかがですか?」


 なるべく自然な笑顔を心掛けながら返事を返す。あ、緊張からか口の周りがヒクヒクする。


「え?あっ、そうですか?では明日の午後2時にお伺いさせていただきますね」


 俺がすんなり受け入れたのが意外だったのか、少し驚いた表情をしている尾上さん。


「ではうちの住所を――」


「大丈夫です。知ってますから」


 既に知られてた。なんで?身辺調査済んでいるの?怖いわー……。


「で、ではお待ちしていますね」


 ひきつった笑顔がバレないうちに退散しよう。琴美と陽菜ちゃんが「バイバイまたねー」と挨拶していたが、俺は琴美の手を少し強く引っ張り、その場を後にした。会うたびに苦手感が増す人っていない?




 そして翌日の午後、俺の頼れる軍師・諸葛瑠璃の指示通り、朝から準備をして迎撃態勢を整えた。


 リビングには百円ショップで買い込んだ写真立てがいたるところに飾ってある。もちろん全て瑠璃の写真入り。ていうか、これだけ沢山の写真を見た時点で気持ち悪くて帰るんじゃね?明らかに常軌を逸している人間の部屋だよね。




「おじゃましまーす」


 時間通りに来訪した尾上さん母娘を我が家に招き入れ、リビングに案内した。リビングに一歩踏み入れた途端に固まる尾上さん。部屋中に飾ってある写真立てに驚いたようだ。


「お、奥さまのこと、大切になさっていたのですね」


 それでも笑顔を向けてくる尾上さん。この量の写真を見てそう言えるとは……。


「ええ、まあそうですね。今もかたわらにいてくれている気がします」


 キリっと答える俺。真剣な顔をすればするほど異常性が増す、とは瑠璃の談。


「そうなんですね、亡くなった奥さまが羨ましいですわ。私もこんなふうに大事に思われたい」


 写真を眺めながら少しウットリした表情さえ見せる尾上さん。やはり手強い。


 沢山の写真を飾って、俺がまだ瑠璃に未練たっぷりだと理解させる。ここまでが作戦の第一段階。これで尻尾を撒いて逃げるようなら楽だったのだけど、瑠璃の予想通り、尾上さんは引き下がらない。





「陽菜、琴美ちゃんにお部屋見せてもらったら?」


「わかったー、ことみちゃん行こ!ジルバネアファミリーのお家見せて」「こっちだよー、見せてあげるー」


 琴美とハルナちゃんは楽しそうだ。バタバタと琴美の部屋に行ってしまった。


 こうしてリビングには俺と尾上さんだけになった。だが慌てることはない、この状況も予測した通りだ。


 作戦の第二段階に移行しよう。




「どうぞ座ってください。じゃあちょっとお茶でも入れてきますね。紅茶でいいですか?」


「あら、お構いなく」


 尾上さんをソファーに座らせ、紅茶を入れると言ってキッチンに立った。だが実は紅茶の用意は完了していて、後はお湯を注ぐだけにしてある。


 俺は「茶葉はどこだっけかな?」と小芝居をしながらキッチンに入り、物陰からリビングの様子を覗き見る。



 一人リビングに残された尾上さんは、しばらく座って辺りを見回していたが、やがて立ち上がりリビング内を歩き回りだした。


 するとどうしても目に入る瑠璃の写真。尾上さんはその中の一つをジッと見つめ、やがて指で写真を軽く弾いた。


「ふんっ」


 写真に向かい、鼻で笑うような仕草をして顔を背けた。そして背中を向けた瞬間――


 カタッ


 弾かれた写真立てが倒れた。


「えっ!?」


 びっくりして振り返る尾上さん。倒れた写真立てを見て、すぐに元に戻そうと手を伸ばす。


 カタッ


 今度は右隣の写真立てが倒れた。


「えぇっ!」


 カタッ


 次はその右隣。


 カタッ、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ


「あぁぁぁーっ!す、須崎さん、須崎さんっ!須崎さんっ?!」


 必死で俺を呼ぶ尾上さん、なおも写真立ては倒れ続ける、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ


「ひゃぁぁぁ~っ!」


 怖さのあまり座り込んで悲鳴を上げる尾上さん。


「どうしました?」


 ここで俺が呑気に登場、なにも気付いてないかのように尾上さんに声をかける。


「こ、こ、これ……」


 真っ青な顔で写真を指差す尾上さん。手がブルブル震えている。


「ああ、またか。このマンション、建付けが悪いんですかね、たまに倒れるんですよ。でも何故かな?決まって瑠璃の写真ばかりが倒れるんですよね」


 ニヤッと笑みを見せる俺、うーんサイコ。


「あ、あぁのぉ、きょ、きょうは帰ります。陽菜、陽菜ぁ~」


 そう言ってリビングを出ようとする尾上さんを追撃する。


「まだ来たばっかりじゃないですか、そうだ!妻のアルバムを一緒に見ませんかぁ~」


 出来る限り気持ち悪くニタッと笑う俺。だんだん楽しくなってきた。


「いえ!結構ですぅ~。陽菜ぁ~!」


 娘の名前を叫びながら今度こそリビングを出て行った。バタバタと娘を連れて帰る音がする。玄関のドアが派手に閉まる音がして、我が家に静寂が戻った。






「なあ、ちょっとやり過ぎたかな?」


「大丈夫よ……たぶん」


 その日の夜、瑠璃と作戦の反省会。


 予想以上に怖がらせてしまったので、やり過ぎたかもと思った俺は作戦の立案者に聞いてみた。


「あれで尾上さんが娘を琴美と接触させないようにするなら、それはそれで構わないわよ。今の琴美は陽菜ちゃんだけが友達ってわけじゃないし」


「でも琴美の友達を減らしてしまったんじゃ……」


「大丈夫よ、陽菜ちゃんとはそれほど仲が良いって程じゃなかったし」


「そうなの?」


「おそらく尾上さんが仲良くするよう娘に言い含めていたんじゃない?まあどっちにしろあと数ヶ月で会わなくなるから良いのよ。学区が違うから同じ小学校には行かないし」


「そうか、なら良いけど」


「と言うか、あれくらいで怖気づくくらいなら始めから言い寄ったりするなって感じよね」


「いやいや、あれは怖いって」


 瑠璃が倒しているって分かってても少し怖かったからな。尾上さん、トラウマになってなきゃ良いけど。って、ノリノリで怖がらせてた俺が言えたせりふじゃないけどね。

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