第27話 バチバチ

 秘蔵写真集が瑠璃にバレていた。しかも生前からのようで、死ぬほど恥ずかしい。俺は土下座の姿勢から頭だけ上げて瑠璃に質問した。


「てかなんで知ってるの?ロック掛かっていたよね?」


「コウくん、いつもパスワード『suzakow』でしょ?もしくは『suzakow1202』」


「ぬっがぁ~っ!バレバレかよ!」


「ワンパターンなのよ。気を付けなさいよ」


 学生時代から使っていたパスワード、須崎浩太で『suzakow』、数字が必要なときは誕生日の『suzakow1202』。瑠璃が知らないわけもないか、アホだな俺。


「……消します。削除してゴミ箱も空にします。それでどうか無かったことにして下さい!」


 再びの土下座。


「まあそれはどうでも良いのよ」


 良くない、人としての尊厳がかかっている。


「それよりどうするの?尾上さんのこと」


「いやだから、付き合うとかいう気持ちはないよ。ん?でもアレか?もし万一、尾上さんと結婚でもしたら、尾上さんの娘さんと琴美は姉妹になるわけで、仲良くしている琴美は嬉しいのか?」


「まあ喜ぶんじゃない?最初は」


「そうか、ならアリなのか?」


「ダメよ!そんな理由で結婚なんて。前にも言ったけど、コウくんの気持ちが最優先だから。それにその子と姉妹になっても琴美はそんなに幸せになれないかもしれないし」


「え?なんで?話し相手にもなるし、寂しくもないだろうし、良い事ずくめじゃない?」


「同じ年で血の繋がらない姉妹、どうしたって比較されるわ。容姿、勉強、運動から習い事まで、全てにおいて比較され優劣を付けられる。その子が優っているならまだマシかもしれないわね、琴美がその子より優っていた場合、母親は自分の子を守るために琴美をうとんで差別し始める。一人は自分が産んだ娘、もう一人は他人が産んだ子、差別するなって言う方が無理よ。もしかしたらコウくんが気付かない程度に少しずつ差別するかもしれないわね」


「怖っ!」


「でもそれが女ってものよ。全ての女がそうだとは言わないけど、尾上さんはきっとするわ」


「……女の勘か?」


「女の勘」


「んじゃ初めから無理じゃん!付き合う前から結果出てるじゃん」


「そんなことないわ。コウくんが付き合って結婚したいって言うのなら、それでも良いのよ?琴美には私からよく言い聞かせておくし」


「やめてくれよ。琴美を犠牲にして結婚とか、考えただけで自分に腹が立つ」


 本当に勘弁してくれ。そんなことするくらいなら独身を貫くよ。瑠璃は俺の気持ちが最優先と言ってくれてるけど、俺は琴美の幸せが最優先なんだ。これは誰にどう言われても変わらない。


「じゃあ尾上さんはどうするの?」


「付き合うことはない!向こうから何かアプローチしてきた場合は断る方向で!」


 あえて言おう、ナシであると!


「まあ良いわ。正直、私もって思っていたの。琴美のこともそうだけど、コウくんが尾上さんと一緒になっても幸せな未来が想像できなかったもの」


「できませんか……」


「死ぬまで尻に敷かれて、奥さんに気を使いながら生きて行くのよ?幸せに思える?」


 一瞬だけ、家の中で小さくなりながらお茶を飲んでいる年老いた自分が見えた。なぜか隣にいた尾上さんが凄く太っていた。


「おおぉぉ……1ミリも幸せに思えない」


「でしょ?」


 なら最初にそう言ってくれよ。





 翌日の午後6時過ぎ、保育園に琴美を迎えに行くと、尾上さんとその娘……名前なんだっけ?が琴美と一緒にいた。


「お疲れ様です、須崎さん」


「こんばんは、尾上さん」


 ナシだぞ、1ミリも幸せにならないんだからな、しっかりしろよ俺。


「そうだ!さっき琴美ちゃんとも話していたのですが、今度お宅に遊びに行っても良いですか?琴美ちゃんも陽菜も遊び足りないようですし、今度のお休みの日にでもどうでしょう?」


 そう来たか……琴美の前でそう言われると断りにくいな。でも自宅はマズい、またコロコロされてしまうと厄介だ。週末は用事があると言ってやんわり断らなければ。


「あー、今度の週末――」

「尾上さん、あまりご無理を言われるのは感心しませんが?」


 お断り申し上げている途中で北岡先生がインターセプト。表情がちょっと怖い。


「あら北岡先生、別に無理言っているわけではないですよ?」


「そうですか?須崎さんが困った顔をしているように見受けられたのですが?なんにしても、保護者の間で変な噂になっても御迷惑でしょうから、誤解を生むような言動は控えてくださいね?」


「変な噂?なんの事でしょうか?先生の方こそ、特定の保護者とあまり仲良くし過ぎていると変な噂が立つのではありませんか?」


「ご心配なく、私は全ての保護者の方と分け隔てなく接しておりますので」


「あらそうですか?少し小耳に挟みましたので心配していたのですよ?余計なお世話でしたわね」


 フフフフッ、と笑い合う二人。怖ぇ~……。逃げたいのに怖さの余り動けない。これが金縛りってやつか?ただならぬ緊張感に、琴美も不安げに俺を見ている。ごめん琴美、パパは無力だ。


「パパ、お腹すいた!早く帰ろうよ!」


 突然琴美の明るい声が園内に響いた。その全く空気を読んでない声音に、尾上さんと北岡先生も舌戦を中断する。


「そ、そうだな琴美、お腹すいたよな。早く帰ろうな。それじゃあ私たちはこれで」


 そう言って、そそくさとその場を後にした。怖くて後ろを振り返ることができない。だがなんとか死地を脱することができたようだ。




「瑠璃か?助かったよ」


 琴美の小さな手を引きながら瑠璃に礼を言った。


「さすがにあれはコウくんの手に余るよね。でもバチバチだったね、あの二人。自分を取り合って二人の女が争っているのを見た感想はどう?」


「勘弁してください。ホント俺の手には余るよ」


「でも尾上さん、本当にグイグイ攻めて来るわね。これは早めに手を打たないといけないかも」


「何卒よろしくお願いします……」


 無理だろあんなの。ライオンに子鹿が挑むようなもんだ、勝てるわけがない。俺は今日はっきりと彼我の戦力差を認識した。

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