第26話 機密書類

 保育参観があった夜、瑠璃といつものように蜂蜜入りホットミルクを飲んでいた。本当なら会話に花が咲いて楽しい時間になるはずなのに、さっきから瑠璃が一言も口を利かない。


「……」


「…………」


「なあ」


「……」


「なんか怒ってる?」


「……べっつにぃ」


「怒ってるじゃん!お前怒ると無口になるじゃん!何に怒ってるの?」


「……そりゃあ、あの人かなりの物をお持ちですよ?だからってねぇ」


 吐き捨てるような喋り方。いや瑠璃さん、瑠璃さんにそんな喋り方は似合いませんよ?


「何の話だよ」


「結局、オッパイデカけりゃ良いのかよ!って話ですよ」


「オッパイ?お前、もしかして尾上さんのことを言っているのか?」


「……」


「てかなんで尾上さんのこと知っている?あっ、瑠璃もしかして俺に憑いてた?」


「……北岡先生と話すって言ってたから、どうなるのかなって思ってさ」


「いや、憑くのは良いけど、前もって言っておいてくれよ」


「なに?何かやましい事でもあるの?」


「んなもんは無いけども、そこは親しき中にも礼儀ありだろ」


「あのオッパイ星人と付き合うの?」


「何言ってんの?見てたんでしょ?保護者同士で連携していきましょうって話だったでしょうが」


 何でもかんでも恋愛に結び付けすぎだろ。


「ハァ~ッ……前から思ってたけどさ、コウくんって恋愛関係ダメだね」


「ダ、ダメ?」


「そ、コウくんは頭は良いし仕事もデキる。だけど男女の駆け引きとか複雑な恋愛感情とかは全く分かってない」


「駆け引きとか言われてもなぁ……俺はずっと瑠璃一筋だったから、そんなの必要なかったし」


「まあそうよね、そこは分かっているし嬉しいところでもあるのだけれど、今回みたいな海千山千の相手だと、経験不足が露呈して相手の良い様にされてしまうのよ」


「え?そんなに俺ダメだった?」


「うん。今回の尾上さんは、たぶん初めからコウくん狙いだったはず。以前に保育園で見かけていたのだと思うわ。もしかしたら多少の身辺調査もしてたかも」


「うえ~っ、マジか……」


「その上で偶然を装って近づき、言葉巧みに『家族ぐるみのお付き合い』って関係まで一気に持って行ったのよ。分かる?今日のコウくんは彼女の手のひらの上でコロコロされまくっていたのよ?」


「コロコロ……」


「しかも最後の止めに緩めの胸元からメロンがチラリでしょ?あれ絶対わざとああいう服を着てきたのよ。そんな手にまんまと引っかかって顔赤くしちゃって。彼女、コウくんの反応もしっかり確認していたのよ?」


「ぐがっ……」


 例えようもなく恥ずかしい。俺のバカ。


「ああいった女はけっこういるわよ?コウくんは免疫ないのだから気を付けないとダメよ」


「はい……」


 気が付いたら正座してた。ちょっと泣きたくなってきた。


「まあいいわ。今回は彼女が一枚上手だったてことね。それでどうする?尾上さんと付き合ってみる?」


「いやそんな事言われてもなぁ、親同士の繋がりだと思っていたから付き合うとかは……」


「でもオッパイは大きいわよ?タイプでしょ?」


「いや、だからオッパイの大きさはどうでも――」


「会社関係フォルダの中にある『機密書類』」


「は?はぁっ!?な、なんでそれを知って……」


 自宅パソコンに秘蔵しているムフフな画像集、誰にもバレないように仕事用のフォルダに入れてロックまでしていたはずなのに……。


「知ってるわよ、妻ですから。二年前と同じパソコンだから今でもあるんでしょ?裸のお姉さんの写真がたっくさん」


「あっあっあっ……」


 俺は、いつぞやの相嶺さんのように呼吸困難を起こしかけていた。そうか、あの時相嶺さんもこんな気持ちだったのか……。


「胸の大きな子ばっかりだものね、あの写真。すみませんでしたね、あまり大きくなくて。さぞご不満だったことでしょうね」


 嫌味っぽく話す瑠璃。瑠璃さま、瑠璃さまにそんな喋り方は似合いませんよ?


「誠に申し訳ございませんでした」


 その日、俺は生まれて初めて土下座した。

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