第25話 超重要案件

 色々あった帰省から約一週間が経った。この一週間は、休んでいた間に溜まっていた仕事を片付けたり、家事に追われてたりしながら、慌ただしくも平穏無事に過ごしていた。


 あっ、でも一日だけ平穏じゃない日があったな。当社の女帝こと、総務の石野さんとの昼食会があったのだ。朝出社すると、大島部長に「今日の昼は『椿庵』に行け。総務の石野さまとの会食だ。少しぐらい戻りが遅くなっても構わないぞ」といきなり言われたんだよね。



 恐る恐る行ってみると、個室に案内されて女帝とサシでの昼食になった。しかも大島部長経由だろうけど、俺の経歴とか今の状況とか全部知られててさ、下手な入社面接より緊張したよ。


 でも結局、話した内容は雑談ばかりだったので、途中からは普通に食事を楽しめた。石野さんも思っていたほど怖い人じゃなかったし、むしろ話しやすい人だなって印象。


 戻って大島部長にそのことを伝えたら、なんでか知らないけど奇妙なものを見るような目をされた。まあいいか。


 そうそう、深夜のホットミルクパーティーは無事復活した。今はこれが一番の楽しみだからね。



「ねえ、北岡先生のこと、どうするの?」


 ホットミルクを両手に持った瑠璃が急に聞いて来た。


「どうって?」


「だから、付き合うの?」


「ん~っ、いまいちそんな気にならないなぁ」


「そっか……あの人、毎日のように琴美に話しかけてきてるのよ。お父さんとなに話しているの?とか、料理は誰が作っているの?とかさ。正直ちょっとウザい」


「そうなのか。一度ちゃんと断った方がいいのかな?」


「なんて?告白されてもいないのに、あなたとは付き合えませんとか言うの?」


 それもそうだな。それだとだいぶ痛い奴になるな……。


「まぁ、諦めさせるだけならやりようは幾らでもあるけど、本当にいいの?」


 うーん、気に入ってくれているのは嬉しいのだけれど、付き合いたいかって言われるとなぁ……。


「あれ?そう言えば来週だったよな、琴美の保育参観」


「そうね。琴美、良いとこ見せようとはりきっているわよ」


「そうなんだ。その時に少し北岡先生と話してみるよ」


 なんにしても、一度ちゃんと話をしてみてからだな。北岡先生のことなんて、俺ほとんど知らないし。


「……私ね、少し考えたの。本気でコウくんの彼女探しをしてみようって」


 そんなことを考えていると、俯いた瑠璃が何やら決意表明を始めた。


「なんでまた?」


「だって、あのお兄ちゃんでさえ京ちゃんみたいな素敵な彼女がいたのよ?悔しいじゃない!」


「悔しい?」


「まるでコウくんの方が、男として劣っているって言われているみたいでさ」


「え~っ?」


 なんでそうなる?っていうか、竜二さんの評価低すぎじゃね?確かに無口で何考えているか分りづらいところはあるけど、男から見ても格好良いと思うぞ?


「とにかく!コウくんにも彼女を作ります!女のプライドにかけて!」


 全くよくわからん。なんでそこに女のプライドが関係するのだろう。




 翌週の水曜日、琴美の通う保育園で、保育参観が行われた。俺も午後から有休を使って出席した。


 保育参観と言っても、何も特別なことをするわけじゃない。普段の様子を保護者に見てもらうのが目的なので、教室で遊んでいたり歌ったりしているのを、保護者が見てニヤニヤとしているだけだ。


 あ、ニヤニヤしていたのは俺だけかもしれない。だって可愛い琴美が一生懸命歌っているんだぞ?ニヤニヤするだろ普通。



 参観後、クラスの担任でもあるベテラン保育士の柿崎さんとの意見交換会にも出席する。


 柿崎先生に「最近は琴美ちゃんもすっかり明るくなって、友達も何人か出来たようです」と言われホッとした。やっぱり瑠璃の影響が大きいのだろうな。夢の中で会ってよく話をしているらしいし。



「あのー、琴美ちゃんのお父さんですか?」


 柿崎さんの言葉に喜んでいると、隣にいたママさんに話しかけられた。


「あ、すみません突然。私、尾上多恵と申します。娘の陽菜が琴美ちゃんと最近仲良くなったらしくて」


「ああ、そうですか、琴美がお世話になっております」


 琴美の友達のお母さんか、決して粗略には扱えないぞ。超重要案件発生だ!


「いえいえこちらこそ。それで宜しければ少しお話でもと思いまして」


「もちろん構いません。是非お願いします」


 頭をしっかり下げます。俺の対応が悪かったせいで琴美の保育園生活に支障が出たなどというようなことは絶対に避けなければならないからな。


「ここでは何ですから、教室を出ませんか?」


「わかりました」


 俺と尾上さんは教室を出て、廊下で話すことにした。



「琴美ちゃんがよく自慢しているらしいんです。パパはかっこいいって。その通り素敵なパパさんですね」


 おっと、いきなり社交辞令から入ったか。でも琴美がそう言ってくれているのなら、それはすごく嬉しいな。


「恐れ入ります。尾上さんこそ、お子さんがいるようには見えない若々しさですね」


 褒め言葉には同等の褒め言葉で対応します。


「まあっ!須崎さんお上手ですのね」


 いよっし!褒め返し成功!


「それでハルナちゃん、でしたっけ?うちの琴美と仲良くしていただけて本当に有難いです。琴美は少し内弁慶なところがあるようで、なかなか友達も出来なかったもので」


「それはこちらも同様です。二人が今後も仲の良い友達でいられるよう、保護者同士で連携していきましょうね」


「そうですね、よろしくお願い致します」


 完璧だ。親として完璧に琴美の充実した保育園生活を守った。琴美、パパはやったぞっ!


 尾上さんは「はい、こちらこそ」と微笑みながら返してくれた。これで会話終了かな?と思っていたところ、尾上さんは続いて口を開いた。


「それはそうと、須崎さんは今お独りと伺いましたが?」


「え?ええ、少し前に妻を亡くして、今は一人で琴美を育てています」


 いきなりプライベートな部分に踏み込んで来るんだな、今どきのママさんは。


「実は、お恥ずかしいことに陽菜が生まれてすぐ離婚をしておりまして、同じく私も今シングルママなんです」


「そうなんですか、何かと大変でしょうね」


 離婚かぁ、まあ色々あるよな。でも俺は離婚したわけじゃないからね、同じじゃないんだけど?


「どうでしょう?シングル同士、助け合う意味でも今後は家族ぐるみでお付き合いするというのは?」


「まぁそうですね、そうなると心強いかもしれませんね」


「良かったぁ!では今後ともよろしくお願いいたします」


 そう言って深々と頭を下げる尾上さん、緩めの胸元からメロンが二つ見えてしまい目のやり場に困る。そうやって目を背けたところに北岡先生の鋭い眼光と目が合って、ヒエッ!ってなった。


 あっ!北岡先生と話すの忘れてた。……でも今日は機嫌悪そうだから止めておこうかな。

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