第24話 別視点 3

 私は松島聡美と申します。夫の松島和成と共に、岡山県の赤磐市あかいわしで果樹園を営んでおります。


 私は元々地元の人間ではなく、東京で雑誌編集の仕事をしておりました。


 岡山・広島特集の企画で当地を訪れ『松島農園』を取材した際に、長男の和成さんに案内していただきました。


 口数が少なく、説明も要領を得ないため、なんでこの人が案内役なのかと始めは不満に思いましたが、下手なりに一生懸命案内を続ける和成さんを、いつの間にか心の中で応援していました。


 取材後にお礼のメールを出したところ、今度は是非プライベートで遊びに来てくださいとの返事を頂き、それも良いかと連休を利用して訪れました。


 和成さんは相変わらず口数も少なく不慣れながら、何とか私を楽しませようと地元を案内してくださいました。その姿に私は安心感を覚え、和成さんの朴訥な人柄に次第に惹かれていきました。帰る頃には、この地を離れがたい心情にまでなっておりました。


 その後は遠距離恋愛の末に結婚、本当に幸せな日々でした。ただ一つ、交際の申し込みもプロポーズも、私の方からだったのが唯一の不満と言えば不満でしたね。もう少し強気な態度を見せてほしかったのですが……。まあそれも、この人の良さなのだろうと今では思っています。



 結婚して二年後に妊娠が判明しました。私たち夫婦も松島の家族も本当に喜びました。エコー写真で男の子だと分かると、和成さんは先走って名前を決めてしまいました。気弱な自分と違い、強くたくましく育ってほしいとの願いを込めて『竜一』としたそうです。


 しかし9カ月を越えた頃、お腹の子は……竜一は死んでしまいました。世の中にこんな悲しいことがあるのかと私は泣き続けました。和成さんにも竜一にも申し訳ない気持ちで押し潰されそうでした。



 その悲しみも多少癒えた頃、また新しい命を授かりました。慎重に慎重に数カ月を過ごし、何とか無事に男の子を出産できました。和成さんはその子に『竜二』と名付けました。私や他の家族も誰一人反対しませんでした。


 竜二は、他の子より一回り身体も大きく健康そのものでした。口数が少ないのは和成さんに似てしまいましたが……。


 一時期、『幽霊が見える』と言い出して私たち夫婦を慌てさせましたが、どうやらそういうだったようです。今となっては笑い話ですが、当時は竜一のこともあり、何かの病気ではと心配したものです。


 そんな周囲の心配をよそに、竜二はマイペースながらも優しい子に育ちました。


 あれは小学三年の頃だったでしょうか、果樹園の作物を盗みに来ていたサルにいつの間にか餌付けをしていたことがありました。私が餌付けをしてはいけないと注意すると、「お腹がすいているから盗みに来ているだけだから大丈夫」と言って、手懐けてしまいました。そうすると驚いたことに、本当にそのサルは作物に手を出さなくなったのです。それどころか、他のサルが盗みに来ると威嚇して農園を守るようになってしまいました。


 当時飼っていた犬とも仲良くなってしまい、竜二と犬とサルで園内を巡回する様子は、とても微笑ましいものがありました。そのうち、時々飛んできていたキジにまで餌付けしてしまい、私は思わず「桃太郎か!」とツッコみました。こんなキレのあるツッコみを入れるとは、私もいよいよ関西人になったのだと、ちょっと感慨深く思ったものです。竜二はちっとも笑ってくれませんでしたが。




 竜二を産んで2年後、女の子の瑠璃が誕生しました。瑠璃は明るく元気な子で、あの子がいるだけで周囲に笑いが絶えないほどでした。


 男の子のように、よく野山を走り回っていましたね。その反面、ジッとしていられないらしく勉強は嫌いでした。ところが中学三年のある日、急に私立の進学校行きたいと言い出し、猛勉強を始めました。


 どうせすぐ飽きるだろうと、誰もが思っていたのですが、どんどん成績を上げ、とうとう本当に合格してしまいました。やればできる子だとは思っていましたが、まさかここまでとは予想しておらず、我が娘ながら大した物だと誇らしく思ったものです。


 ところが瑠璃は、高校入学と同時にまたやる気を失ってしまったらしく、まったく勉強しなくなりました。成績も超低空飛行を続け、特に数学は惨憺さんたんたるものでした。


 でも私には何となくですが、二回目のビッグウェーブが来るという予感がありました。そしてそれは来ました。三年生になって少しした頃、また急に勉強しだしたのです。そして夏休み前、「東京の大学に進学します!」と私たちに宣言しました。私はビッグウェーブ再び!と興奮しました。


 ただ、これはずっと後になって聞いたのですが、東京の大学に行くと決めたのは、須崎さんという好きな人と離れたくなかっただけで、その人と一緒ならどこでも良かったようです。


 そんな思い込んだら何処までもな子が、初志貫徹し須崎さんと結婚すると報告してきた時には、「さすが我が娘!」と褒めたものです。


 二人は結婚後、琴美という娘を授かりました。初孫は言葉では言い表せないほど愛おしいものでした。



 ただ、幸せというのは長くは続かないものなのでしょうか、その数年後に瑠璃の病気が発覚、命の危険もあると言われ、すぐ東京に行きました。


 面会した瑠璃は思ったより元気で、「大丈夫、すぐに良くなるから」と気丈に振る舞っていました。ただその顔は、昔の瑠璃と違い真っ白で今にも消えてしまいそうでした。



 結局、瑠璃は死んでしまいました。


 竜一を流産したときにも感じた深い絶望が再び戻ってきました。何日も食べられず、生きる気力が湧いてきません。ぼんやりとした意識の中で「このままなにも食べなければ瑠璃に会えるのかしら。ならそれもいいかもしれない」と考えるほどでした。


 そんな私を見た竜二が、ボソッと呟くように私に言いました。「母さんが死んだら、父さんもきっと死んでしまう。俺だけ一人残していくのか?」と。


 私はなんてことを考えていたのかと、その時初めて気付きました。自分の悲しみにばかり気を取られ、和成さんや竜二の気持ちを全く考えていなかったのです。二人も同じように辛く悲しかったはずなのに。特に竜二は農園を放っておくことができなかったため、瑠璃の死に目にも会えなかったのですから。


 私は自分を恥じました。二人にこれ以上心配をかけてはいけないと食事も少しずつ摂るようにしました。和成さんの好きなキュウリの漬物も久しぶりに作りました。和成さんは「美味しい、美味しい」と言って泣きながら食べてくれました。私も隣で泣きながら食べました。



 二年後、須崎さんと孫の琴美が、瑠璃の墓参りのため帰ってきました。年に何回かは東京に行って二人の様子を見てましたが、須崎さんはかなり以前の状態に戻ってきたと感じました。何かあったのでしょうか?瑠璃のことは過去の事として整理がついたのかもしれません。そんな須崎さんを見て、少しだけ寂しかったのは内緒です。


 琴美ちゃんは相変わらず可愛くて可愛くてたまりませんね。あまりにも私にばかり懐いているので、和成さんが不満気です。


 数日があっという間に過ぎ、二人が東京に帰る日が来てしまいました。空港で見送ったところ、最後の最後で琴美ちゃんが私たち夫婦に抱き着いて「さよなら、ありがとう」と言ってくれました。私たちもしっかり抱き返しました。


 搭乗ゲートに消えていく琴美の背中を見ていると、涙がとめどなく流れ出してきました。「またすぐ会えるから」と和成さんに言われましたが涙が止まりません。その気になれば3、4時間で会いに行くことだってできます。頭では分かっているのですが、心が離れたくないと叫ぶのです。何故だか胸が張り裂けそうなほど苦しいのです。


 しばらく泣き続け、振り返ると竜二の婚約者の本郷さんと目が合いました。とても優し気な目です。竜二もこの人となら幸せになれるでしょう。



「さて、じゃあお茶でも飲みながら、二人の話を聞きましょう!ホントいつの間に見つけたのこんな人!」


 私は、竜二のお嫁さんになる人の面談を始めます。さんざん情けない姿を見せた後ですが、私の目は誤魔化されません。キッチリ見極めさせてもらいますよ!





 瑠璃、私たち家族は大丈夫です。あなたのことを想いながら、ちゃんと今日を生きて行きます。だからどうか安心してくださいね。

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