第23話 さよなら
翌朝、帰省最終日。
義母、義父、俺、琴美の四人で朝食を食べる。メニューは焼き鮭と、甘くない卵焼き、豆腐の味噌汁だ。義父の好きな自家製キュウリの漬物もある。俺もこの漬物は凄く気に入っていて、食事の度に義父とポリポリやっている。塩加減が絶妙だ。
「あれ?竜二さんは?」
ポリポリしながら、いつも向かいに座っていた竜二さんが顔を出さないことに気付いた。
「用があるとかで、さっき出掛けたわ。朝食も食べずに何処に行ったのかしらね」
義母が呆れたように答えてくれた。よくあることらしく、大して気にもしていないようだった。
朝食後、義母が持ってきた瑠璃の中学の卒業アルバムを見ていた。出会った頃より髪の短い瑠璃が、どこかの山の頂上で可愛くピースサインをしていた。クラスの集合写真の瑠璃はあまり可愛く写ってなかったので残念だった。
一緒に見ていた琴美が自分の母親の写真を不思議そうに見ていた。自宅に飾ってある写真よりだいぶ幼いからな。
そんな事をしていると、外から竜二さんの車の音がした。
少ししてガラガラッと扉が開く音がしたと思ったら、聞き覚えのある声が聞こえた。
「おじゃましまーす!」
あれ?本郷さん?
「まぁーっ!あらあらどうしましょう!」
玄関に出迎えに行った義母の混乱している声がする。これ、また竜二さんがやらかしてるな。そう思っていると、リビングに義母、本郷さん、竜二さんが入って来た。いきなり知らない人が入って来たことで、義父が少しパニックになってアタフタしている。
「初めまして、本郷京香と申します。宜しくお願い致します」
本郷さんが、義父と義母に向かって三つ指ついて挨拶をする。それはもう綺麗な立ち居振る舞いで、クールビューティーな本郷さんの容姿と相まって満点の挨拶だった。
「これはこれはご丁寧に。愚息のこと、どうぞよろしくお願いします」
慌てて座り直した義父も頭を下げたが、本郷さんに圧倒されているようにも見えた。なんだろう、格の違い?
「竜二!婚約者を連れて来るなら来るで、先に言いなさい!」
何の用意も出来ていないと義母が竜二さんに怒り、ごめんなさいねぇ、と本郷さんに謝っている。義父はその隣で落ち着かない様子でワタワタしており、本郷さんもドタバタな顔合わせに困惑した様子だ。俺と琴美はそのカオスな状態をただポカンと見ていた。
でも俺は竜二さんの考えていることが理解できた。本郷さんと自分の家族の顔合わせを瑠璃に見せたかったんだろうな。自分たちは大丈夫だと示して、瑠璃に安心してもらうために。
「須崎さんも昨日ぶりです。(琴美ちゃんは初めましてだね)」
義両親への挨拶が済んだ後、本郷さんは俺たちに話しかけた。琴美には小声で挨拶していた。そして、琴美の顔の少し上に視線を移し微笑んだ。瑠璃にも挨拶してくれたようだ。
バタバタした顔合わせの後、本郷さんも一緒に岡山桃太郎空港に出発。義父の運転する車内で、琴美と義母は時間を惜しむようにずっと話していた。また連れて来てあげなきゃな。
出発ロビーで最後の挨拶をする。
「またおいで」
義母の琴美を見る目が本当に寂しそうで、こっちまで切なくなる。
「うん!またくるね!」
たぶんよく分かっていないであろう琴美が元気だ。来月にでもまた来ようとか考えてそう。
搭乗開始のアナウンスが響き、俺たちは搭乗口に向かった。手を繋いでいた琴美が急に「ごめん、ちょっと」と呟いたと思ったら、振り返って義母たちの所に駆け出した。
急に自分たちに向かって走り出した孫を見て慌てる義両親。瑠璃はそのまま飛びつくように二人を抱きしめた。
いきなり抱きついた瑠璃に、最初は戸惑っていた義両親もしっかり抱きしめ返していた。
「さよなら、ありがとう……」
振り絞るような涙声で感謝を伝える瑠璃。本当はその後に「お父さん、お母さん」と続けたかったのだろう。
気持ちの全部を伝えるかのように、小さな体で両親を力いっぱい抱きしめる瑠璃。三人の後ろで竜二さんと本郷さんが優し気に見守っている。俺はこの光景を生涯忘れない。
「来てよかったな」
飛行機の中で瑠璃に話しかけた。
「……うん、来て良かった。ありがとうコウくん」
涙が未だ止まらない瑠璃は、目を真っ赤にして俺に微笑んだ。
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