第22話 最後の夜

 瑠璃の兄イジリも終わり、四人で紅茶を飲みながら少し落ち着いて話し始めた。


「うわーっ!じゃあ中三から片思いして、ずっと近づくチャンスを狙ってたんですか。ストーカー一歩手前でしたね」


 今は瑠璃が、俺と付き合うようになるまでの話を少しドラマチックに語っている。


 本郷さんのストレートな感想が鋭すぎる。ぐはっ!と言って瑠璃が胸を押さえていた。


「全く知らなかった。そんな理由であんなに勉強してたのか……」


 竜二さんも妹の極端すぎる理由に呆れていた。思い込んだらとことん突っ走れる瑠璃の行動力、竜二さんには理解し難いだろうな。そのお陰で幸せになれた俺でさえ、正直理解しかねるもんな。


 二人からの微妙な反応に少し落ち込み、「私、頑張ったのに……ストーカーて……」とつぶく瑠璃の背中を撫でてあげる俺。


「ハァ~……なら東京の大学に行ったのも須崎くんと離れたくなかったからか?」


「オフコースッ!それ以外の理由はない!だってコウくんみたいないい男、絶対に逃したくなかったからね!我が青春に一点の悔いなし!」


 竜二さんのため息まじりの質問に、スクっと立ち上がり両手を腰にあてて胸を反らす瑠璃。当地に世紀末覇王が降臨しました。



 そのあと、同じ高校出身ということで教師ネタで盛り上がったところで、そろそろ帰らないといけない時間になっていた。義両親が夕食を準備して待っていてくれているはずだ。


「じゃあ京ちゃん、お兄ちゃんをよろしくお願いしますね」


「はい。お任せください」


 瑠璃と本郷さんが和やかに別れの挨拶をしている。少し寂しさが込み上げてくる。もう二度とこの四人で会うことはないのだろう。




「お兄ちゃん、京ちゃんを泣かしちゃあダメだからね。あと大事なことはちゃんと話すこと!」


 帰りの車の中、瑠璃が満足そうな笑顔で竜二さんに説教をかましていた。竜二さんは黙って運転していた。昔からこの二人はこんな感じだったのだろう。




「おばあちゃん、ただいまー」


 元気よく帰ってきたのは琴美だ。お祖父ちゃんも言ってやれよ。


「ずいぶん遅かったのね」


「うん、竜おじちゃんのこんにゃくしゃに会ってきたー」


「こんにゃく?」


 義母が混乱している。


「琴美、それを言うなら婚約者だ」


「そう、こんにゃくしゃ!」


 笑いながら訂正するもしきれていない。可愛いなぁまったく。


 俺は琴美を微笑ましく見ていたが、義母は琴美の言葉に固まってしまっている。あ、そうか、竜二さんまだ言ってなかったのか。


「すみません、お義母さん。詳しくは竜二さんから聞いてください」


 俺は琴美を連れて、そそくさと中に入った。その後、駐車するため遅れて家に入って来た竜二さんとお義母さんが玄関で何やら話し込んでいたが、内容までは聞き取れなかった。時折りお義母さんの悲鳴のような、雄叫びのような声が聞こえた。




「「「いただきます」」」


 岡山での最後の夕食だ。明日の朝には東京に帰らなければならない。


「まったく!なんでそんな大事なことを一番に話してくれないの!」


 先ほど竜二さんから婚約の話を聞いたお義母さんが怒っている。だが顔はにこやかで嬉しそうだ。


「琴美ちゃん、この子の婚約者ってどんな人だったの?」


「えーっ、ことみ知らない。話してないもん」


「あれ?会いに行ったのよね?」


「ことみは話してないの。見てただけー」


 確かに琴美は話してないよな。ごめんな、大人だけで盛り上がって。


「しっかりした、感じの良い人でしたよ。竜二さんもベタ惚れでしたし」


「ごほっ!」


 琴美の代わりに俺が本郷さんの印象を伝えると、向かいの席に座った竜二さんがむせた。


「そうなの?私たちにはいつ会わせてくれるのかしら?楽しみね」


 お義母さんのこんな嬉しそうな顔は久しぶりだ。


 瑠璃が死んで二年、この家はずっと重苦しく悲しげな空気に満たされていたのだろう。だが竜二さんが結婚して、子供が生まれたりすれば、以前のような明るい家に戻るはずだ。早くそうなるといいな。瑠璃も今きっとそう思っているだろう。


 こうして岡山での最後の夜は過ぎて行った。

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