第21話 あなたは誰?

 本郷さんに案内され、部屋の中に入る。ソファーに座った途端、瑠璃が口撃の口火を切った。


「伯父さん、電話でプロポーズとかマジありえないから。しかも用件だけ伝えてすぐ切るなんて、人間のすることじゃないわよ!」


 瑠璃が怒っている。


「私もさすがにどうかと思いました」


 本郷さんも実はけっこう怒っていたようだ。これは俺も二人のがわにいたほうが良いな。


「竜二さん、これは俺も擁護できません」


「……ぐむっ」


 俺たち三人に責められて俯く竜二さん。大きな体を折りたたむように正座していた。小さくなったその背中が哀愁を誘う。


「伯父さん、もう一回やり直し!プロポーズのやり直しを要求します!」


 瑠璃が人差し指を立て、断固たる口調で宣言した。


「そうですね、私も直接言ってもらいたい、で、す……」


 そこまで言いかけた本郷さんが、一瞬固まり竜二さんをチラッと見る。そして瑠璃を見据えて――


「……あなたは誰ですか?」


 そう言った。



「えっ?私?私は姪の琴美ですよ?」


 急に真顔になった本郷さんの問いかけに、瑠璃は驚きながらも答える。


「いえ、そうではなく、は誰ですか?」


 本郷さんの雰囲気が変わったのが分かった。部屋の温度が急激に下がったように感じる。


「……瑠璃、京香も見えている」


 正座したままの竜二さんが、ポツリと呟くように言った。


「……マジか、それなら……初めまして、松島竜二の妹、瑠璃です。黙っていてごめんなさい」


 自分の正体を明かし頭を下げる瑠璃。俺は驚きすぎて言葉も出ない。


「瑠璃さん?二年前に亡くなった?」


「はい、その瑠璃です。今ちょっとだけこっちに戻って来ています」


「……そうですか、琴美ちゃんに何か悪いものが憑いているのかと警戒してしまいました。そうですか、戻って来ているのですか」


「驚かせてすみません。お兄ちゃんと同じだと知らなかったので」


「いえ、こちらこそすみません。と言うかドラくん、どうしてこんな大事なことを話してくれないの?」


 本郷さんは急に竜二さんを叱りだした。


「そうよ!お兄ちゃん、初めから見える人だって説明しててくれれば――ドラくん?」


 ドラくんって誰やねん。


「竜二の竜はドラゴン、だからドラくん。可愛いニックネームでしょ?私が付けたんです」


 本郷さんがちょっと嬉しそう。クールビューティーな人が微笑むと破壊力ハンパないな。

 しかしドラくんね、国民的キャラクターっぽくて確かに可愛いかも。呼ばれている本人が可愛いとは真逆のキャラだけど。


「へぇ~っ、ドラくんねぇ」


 ニマニマする瑠璃。兄のウィークポイントを見つけたとでも思っている顔だな。一番知られたくない奴に知られてしまったと後悔しているであろう竜二さんの顔が渋い。



「あっ、そうだ!プロポーズのやり直し!ほらっ、お兄ちゃん!ここに立って!」


 瑠璃が正座している竜二さんの手を引っ張る。


「る、瑠璃、本当にするのか?」


「本当です!こんな面白――じゃなかった、大事なことを電話であっさり済ますなんて許されません!」


「今お前、面白いって……」


「はい!じゃあ本郷さんはここね、ここに立ってください!」


「ハッ、ハイ」


「プロポーズが気に入らなければ断っても良いですからね。その場合、お兄ちゃんはOK貰えるまで何度もプロポーズしてください!」


 瑠璃、すっごく楽しそうだな。


「では行きます、シーン61、アァクションッ!」


 どこの映画監督だよ。


「……京香、結婚してくれ」


「はい、喜んで。ドラくん♡」


「カァァーットォ!!オッケェイッ!」


 なんだこりゃ。




 茶番も済んで、ソファーに腰掛けた俺たちは、改めて話し合うことにした。


「二人はいつ知り合ったの?」


「五年ほど前ですね。ドラくんが公園で霊を見ていて、そこに私が話しかけたんです」


「へぇー、京ちゃんは昔から見えてたの?」


 いつの間にか京ちゃんって呼んでるし。


「はい、幼い頃から見えてました」


「京香は俺よりも感覚が鋭い」


 おや?これは分かりにくいけど惚気かな?


「そんなことないわ。ドラくんがなるべく見ないようにしてたから、鍛えられてないだけで、本来なら私より鋭いはずよ?」


 うーん、そういうものなのか?常人には理解できんな。


「それで?二人はすぐ付き合うようになったの?」


「いえ、実際につき合い出したのは二年前、瑠璃さんが亡くなった後です。落ち込んでいるドラくんを慰めているうちに、その……」


「うわっ!生々しい!」


 自分から聞いといて、そゆこと言うなよ。竜二さん、顔が真っ赤になってるぞ。


「本郷さんは、何の仕事をしているのですか?」


 俺も会話に加わってみた。さすがに学生には見えないからな。


「スポーツジムのインストラクターです。ヨガとかダンスとか、あとスカッシュも教えています」


 おぉ、なんか凄くイメージにピッタリ。


「あとたまに、除霊のお仕事もしています」


 おぉ、やっぱり見えるとそういう仕事もするのか。


「除霊と言っても、霊の想いを汲み取って、昇天できるように手を貸すだけですけど。知り合いの不動産屋とかから依頼が来ます」


 なんか小説か漫画の世界だな。


「京香は頭も良い。お前たちと同じ城南高校出身だ」


 竜二さん、なんだかんだ言って本郷さんにベタ惚れじゃね?


「そうなんだ、じゃ後輩だね!」


「そうですね、よろしくお願いします、先輩」


 後輩と聞いて嬉しそうな瑠璃。部活やってないと先輩とか後輩の知り合いってなかなか出来ないもんな。


「京ちゃんは今いくつなの?」


「26です」


「お兄ちゃんは今33だから7つも年下なんだ。やるねぇ~お兄ちゃん」


 嫌らしい笑みを浮かべる瑠璃。頼むから琴美の顔でその表情はやめてくれ。

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