第19話 偶然じゃない
今日は俺と瑠璃が三年間通った母校、私立城南高校を訪ねる。卒業して12年か……あの頃は良かったなぁ~とか懐かしんだりするのが普通なのかもしれないが、俺は瑠璃と出会うまでの二年間は完全にボッチだったからな。正直そこまで懐かしさはない。もちろん同窓会には一度も出席したことないし、何なら案内状すら来ない。もちろん瑠璃には来ていたが、俺が行かないなら自分も行かないと言って、一度も出席していなかった。
バス停でのんびりバスを待つ。30分に一本という不便さはご愛敬、土日なんか2時間に一本だよ?
乗車してしばらくは琴美も初めて乗るバスにはしゃいでいたのだけど、車窓の景色は
たぶんあと40分以上は乗っていなければならないはず。暇だなぁと思っていたら瑠璃さま降臨。
「昔とあんまり景色が変わっていないわ……あっ、あそこの駄菓子屋まだやってた。小学生の頃にけっこう通ったのよ。懐かしいな、お婆ちゃん元気かな」
瑠璃は懐かしそうに年季の入った看板を見ている。20年前にお婆ちゃんだったのなら流石にもういないんじゃないか?と思ったが何も言わないでおこう。
「あっ!お婆ちゃんだ!まだ元気そう!良かったぁー」
うそーっ!確かにすごく小さなお婆ちゃんが、よっこらせっと荷物を抱えて店の前に出てきていた。勝手に亡き者にしてすみませんでした!俺は心の中で謝った。
「けっこう距離あるよな。よく三年間もちゃんと通えたもんだ」
通学に1時間も掛かるなんて、俺だったらそんな高校は絶対選ばないだろう。往復2時間だよ?一日24時間のうち2時間は通学で消えていくなんて。
「慣れればそれほど気にならないわよ?本読んだり勉強したりしてる人もいたわ。私の場合は寝てたけどね。きっかり1時間だけ寝るという技を身に付けたわ」
使いどころ無さそうな技だな。
「でも三年の二学期からはバスの中でも真面目に勉強してたのよ?その日コウくんに教わったところを復習したりして」
「あー、あの頃か。凄い頑張ってたよな瑠璃。成績もぐんぐん上がってさ、先生にも驚かれたもんな」
「コウくんに教えてもらっているのに成績が上がりませんなんて絶対に許されないと思ってたからね。それに復習してるとね、教えてくれてる時のコウくんの声が頭の中で再生されるのよ。だから嬉しくて……」
……不意打ちすぎるやん!この言葉は照れる!惚れてまうやろーって感じだ。あ、もうとっくに惚れてたわ。
そんな話をしているうちに、ようやく我が学び舎が見えてきた。
高校を訪ねると言っても、別に校舎に入るわけじゃない。平日だから普通に生徒がいるし、敷地の外から眺めるだけだ。
「懐かしい。なんだかあの頃に戻ったみたいね」
瑠璃は俺の顔を見て、嬉しそうに微笑んだ。
「ここで瑠璃と偶然出会えたから俺は幸せになれた。それだけがこの高校に行って良かった点だな。ほんとラッキーだったよ」
先ほどの不意打ちの仕返しをしてやろうと、ちょっとドキッとするようなことを言ってみる。
「……偶然じゃないわ」
……ん?あれ?俺のほうがドキッとさせられている?いやいや偶然でしょ、同じ高校を選んだのも、三年で同じクラスになったのも……だよね?
「今まで言ってなかったけどね、私がコウくんを初めて見たのは三年で同じクラスになってからじゃないの。もっと前から私はコウくんを知ってたの」
「もっと前?」
「そう、私がコウくんに出会ったのは中学三年の時」
「中三?えっ!?中学違うよね、あれ?」
「中三の夏休み前に、この高校の説明会があったの覚えてる?あの日、帰りのバスの中で私はコウくんと出会った――違う、見つけたの」
「……はい?」
「あの日、私は友達と一緒に説明会に来ていたの。説明会が終わって帰りに何か食べて行くことになって、本来とは違うバスに乗ってたの。そしたら、足の不自由なお婆さんが乗ってきて、他にも説明会帰りの生徒が沢山乗っていて満席だったから、席を譲らなきゃって思ったんだけど、勇気が出なくて言い出せなかったの。そしたらコウくんが迷うことなく、ここどうぞって席を譲ったのよ。覚えてる?」
「んん~っ、覚えてない」
十数年も前のことだし記憶にございません。
「席を譲られたお婆さん、とても嬉しそうだった。それでお礼にってコウくんに飴をくれたの。でもコウくんの両手は荷物とつり革で塞がってたから、お婆さんがひょいってコウくんの口に飴玉を投げ入れたの。そのあと自分も食べ始めて、コウくんと二人でニコニコ笑ってたわ。まるで本当のお婆ちゃんと孫って感じで素敵だっだわ」
そこまで言われて何となく思い出した。確かにそんな事があったような気もする。
「私、その光景を見て思ったの、良いなって。この人良いなって。こんな思いやりがあって優しくて可愛い人の側にいられたら幸せだろうなって」
「たったそれだけで?」
「それだけで私には十分だった。バスを降りるまでずっとコウくんを見てたわ。目が離せなかった。たぶんその時すでにコウくんを好きになっていたのね」
うーん……正直言うとよくわからん。ただ席を譲っただけだし、それだけで好きになるのか?
「それで考えたの、コウくんも城南高校のパンフレットを持っていたから、きっと受験するつもりだろうって。私が頑張って合格すれば同じ高校に通えるかもって。そしたら何が何でも合格しなきゃって思えたの。それで親に城南高校に通いたいってお願いして、必死で勉強した。長期の休みはゼミにも通った。だって当時の私の成績だと、合格はおろか受験することさえ担任に止められると思ったから」
「瑠璃も説明会に来てたんでしょ?受けるつもりじゃなかったの?」
「友達に頼まれて一緒に行ってただけだったのよ。受験するつもりは全然なかったわ」
「でも俺が他の高校に行く可能性もあったでしょ?何でそこまで?」
「他にコウくんと知り合う方法がなかったから。とにかく可能性があるならと思って頑張ったの」
そうだったのか、知らなかった……。
「無事合格して、校内でコウくんを見かけた時は本当に嬉しかった。思わず飛び上がって叫んでしまったわ」
それは俺も嬉しいな。
「でもそれなら何ですぐ俺に声かけなかったの?瑠璃の性格なら真っ先に行動しててもおかしくないのに」
すぐに声をかけてくれていたら俺の灰色の二年間は灰色じゃなかったかもしれないのに。
「声をかける勇気がなかったのよ。クラスも別々だったし、理由もなく声をかけて相手にされなかったらって考えると足が竦んだの。でもね、コウくんは気付いてなかったみたいだけど、私はコウくんのクラスに何度も遊びに行ってたのよ?一、二年で同じクラスだった後藤さんっていたでしょ?仲良くなった後藤さんに会いに来ているってことにして、本当はコウくんを見に来てたのよ」
「全く気付いてませんでした」
「だいたいコウくんは部活にも入ってなかったし、授業終わったらすぐ帰っちゃうし。近づく隙が全然なかったの。初めの予定ではコウくんが入った部に私も入って、そこで仲良くなるつもりだったのに」
あー、すみません。三年間帰宅部でした。友達いなかったから学校に残っても仕方なかったし。
「それで作戦を練ったの。文理選択で理系を選択すれば、コウくんと同じクラスになる可能性が上がるんじゃないかって」
「それで理系クラスにいたのか。数学が壊滅的だったのにどうして理系を選んだんだろうって思ってたんだよ」
「おかげで三年になってようやく同じクラスになれたわ。ホント長い道のりだったわ」
「そこまでしてくれてたのか……」
「三年になって最初の席替えあったでしょ?あの時、コウくんの隣になった子が視力悪くて黒板が見えにくいって言ってたから、変わってあげるって言ってコウくんの隣をゲットしたの。気付いてなかったでしょ?」
「はい、全く気付いてませんでした」
「そのあと授業で分からないところをコウくんに質問しまくって仲良くなっていったの。コウくんにとって私は、偶然隣の席に座った知らない女の子っていう認識だったでしょ?でも私にとっては、念願かなってようやく近づけた大好きな人、だったのよ?」
ここまで想われていたとは……俺は世界一の幸せ者だったのだな。
「……それでね、その後藤さんが――」
「瑠璃、まだ帰らないのか?」
瑠璃が話を続けようとしたところで、俺たちの後ろから竜二さんが話しかけてきた。
「あれ?竜二さん、なぜこんな所に?」
「母さんに迎えに行けって言われた。琴美ちゃんが疲れてしまうだろうからって」
「ああ、なるほど。ありがとうございます。琴美はバスの中で寝てしまったので、瑠璃と話をしてました」
「そうか、まだ帰らないのか?」
「そうですね。瑠璃、そろそろ帰ろうか」
「……はい」
話の腰を折られた感じになったが、続きはまた今度ということにして、俺たちは竜二さんの車で帰路に就いた。
……なかなか衝撃的な瑠璃の告白だったなぁ。嬉しかったけど。
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