第17話 兄妹

「なっ、なに言っているのですか?竜二さん」


 お前は瑠璃だな、と正体を言い当てられて、固まってしまった瑠璃の代わりに義兄の竜二さんに応える。


「……須崎くんも知っているのか」


 俺の顔をジッと見つめて何かを理解する竜二さん。


「あっ、そうか、名前間違えたんですね。滅多に会わないですもんね。その子は琴美といって――」


「お前なんだろ?瑠璃」


 竜二さんは何か確信を持って瑠璃に問いかけているように見える。


「ハァ~ッ……何で分かったの?お兄ちゃん」


 観念したのか、ため息をつく瑠璃。


「最初にお前たちがこの家にやって来たとき、お前は琴美ちゃんの背後にいた。でも今はいない。それでも気配は消えてないのだから、答えは簡単だ」


 ……えっ?!どゆこと?それではまるで――。


「お兄ちゃん、見えてたの?」


 そう、霊である瑠璃の姿が見えないと今の言葉は成り立たない。


「ああ、見えていた。琴美ちゃんの後ろにお前が見えたときは驚いた」


 最初にリビングに顔を出したときか。しばらく琴美の顔を見ていたもんな。


「私は現在進行形で驚いているわ。いつから?いつから見えてたの?」


 家族である瑠璃も知らなかったらしい。


「……昔からだ。たぶん物心ついたときから」


「私、初耳なんだけど?」


「だろうな」


「だろうなって!お母さんたちは?知ってるの?」


「昔、俺がまだ幼稚園児のときに一度話したことがある。病院に連れていかれた」


「全然知らなかった……」


「母さんたちは全く信じていなかったからな。脳外科やら心療内科、精神科、あっちこっち連れまわされて調べられたよ」


 うわー、それはキツいな。でも俺が親だったとしても、同じ行動をとったかもしれない。今は瑠璃がこうして現れているから素直に信じられるが、いきなり幽霊が見えるなんて言われて、ハイそうですかと受け入れるのは無理だろう。


「それでどうなったの?」


ことにした。全て嘘だったことにして、それ以降は一度もその話をしていない」


 瑠璃も俺も何も言えなくなった。本当は見えているのに、見えていないフリをしなければならない。竜二さんは、それを小学校に上がる前から演じて来たのだ。それがどれほど精神的苦痛になるのか、俺には全く想像がつかなかった。


 こうなったら、せめて俺くらいは竜二さんの良き理解者であらねばと思う。


「そんなことがあったから、無口になったのですね?」


 可愛そうに、両親にさえ信じてもらえなかったのだ。誰とも喋りたくなくなっても不思議じゃない。俺は、「わかります!辛かったでしょうね」と心を込めて同情した。


「いや、無口なのは元々だ」


「すぅみませんでしたっ!」


 テーブルに頭をぶつけながら謝罪した。勝手に理解した気になってごめんなさい!


「……まあ、その影響が全くなかった訳でもないかもしれんが」


 全力で謝る俺を哀れんだのか、フォローしてくれる竜二さん。この状況で気を使われる俺。


「ごめんね。気付いてあげられなくて……」


 震える声に隣を見ると、涙目の瑠璃が竜二さんに謝っていた。


「お前が謝ることではない。言わなかったのは俺だ。逆にすまなかった」


 兄妹ではない俺には分からないが、二人にしか理解できない特別な想いがそこにはあるのだろう。瑠璃は兄の苦悩を察することが出来なかったことを、竜二さんは妹に隠していたことを互いに謝罪していた。




「でもお兄ちゃんにだけそんな能力があるのは何でなのかな?私にはなかったよ?親戚とかでもそんな話聞いたことないのに」


 お祖母ちゃんからもそんな人がいたなんて聞いたことなかったのに、と不思議がる瑠璃。まあ普通、そんな親戚いないよね。


「たぶん、兄のせいだ」


 兄?お兄さん?竜二さんは長男でしょ?


「俺たち兄妹には兄がいた。いや、いるはずだった」


 不思議そうな俺の顔を見た竜二さんが説明を始めた。


「死産だったらしいの。本当ならお兄ちゃんに三つ上の兄がいたって聞いたことがあるわ」


「俺の名前は竜二、長男に『二』を付けるのは変だろ?」


「たしかに……」


 そう言われればそうかも。


「その『兄』が何で関係しているの?」


 瑠璃が話の先を促す。


「俺が最初に見た霊が、たぶん兄だからだ」


「えっ!?」


「赤ん坊が母さんに憑いていた。あれはたぶん兄だ」


「……」


「俺が見ていることに気付いて満足したのか消えていった。誰かに気付いてほしかったのかもしれない」


「……そう、そんなことがあったの……」


「これは母さんにも言っていない。たぶん悲しませるだろうからな」


 話が重すぎて、いたたまれない気持ちになる。



「まあ、今はそのことはいい。それより瑠璃、何か心残りがあるのか?」


 竜二さんがいきなり核心を突いた質問をしてきた。この人、口数が少ない分、直球で来るよな。


「……」


「何かあるなら俺に――」


「ただ浩太さんと琴美が心配なだけ。浩太さん、放っとくと死ぬまで一人で居そうだもん。琴美のためにも早く新しいお嫁さんを見つけたいのよ」


「……そうか」


「だから大丈夫、お兄ちゃんは心配しなくてもいいの。お兄ちゃんの方こそ、いつまで一人でいるつもり?早く結婚してお母さんたちを安心させてあげなさいよ」


「……」


 逆に心配され、渋い顔で黙った竜二さんがちょっと可愛い。死んだ妹にそんなことを言われるのはキツいだろうからな、これ以上言われないように、ここは義弟の俺が助けてあげよう。


「瑠璃が死んで以来、俺の中で感情の揺らぎみたいなものが消えてしまってたんです。何をしてても空虚で。もちろん恋愛なんて考えもしなかったのですけどね、瑠璃に尻を叩かれたおかげで、もう少し前向きに生きてみようって今は思っています」


 俺は今の素直な気持ちを話した。そんな俺を瑠璃が優し気に見ている。正直、今はそれだけで十分幸せだ。

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