第14話 別視点 1

 私は三上照三と申します。洋菓子専門店『ルブラン』のオーナー兼パティシエをしております。幸いにも地元の皆さまにご愛顧いただき、今年創業30周年を迎えることができました。


 高校二年生の時に、小遣い稼ぎのためにケーキ屋でアルバイトを始めたところ、いつの間にやらすっかり洋菓子に魅せられてしまい、以来ひたすら洋菓子作りに夢中になっております。


 今日もいつものように心を込めてケーキを作っていたところ、珍しいお客さんが来てくれたようです。




「オーナー、須崎様という方がお会いしたいと仰っているのですが」


 須崎浩太君、彼が大学生の頃からよく知っています。須崎君の彼女だった松島瑠璃ちゃんが以前この店でアルバイトとして働いていました。


 瑠璃ちゃんは本当に良い子でした。明るく元気な性格で周りの皆を和ませ、丁寧な接客はお客様にも好評でした。妻などは、瑠璃ちゃんに彼氏がいなければぜひ嫁に来てほしいと何度も言っていたほどです。まあもっとも、その頃うちの息子は小学生でしたが。


 瑠璃ちゃんの仕事が終わるまでの間、須崎君はよく店内でケーキを食べながら待っていました。彼の舌はなかなか鋭く、的確な感想を言ってくれるので、新作ケーキ作りの際には大いに参考にさせてもらいました。


 瑠璃ちゃんは須崎君が好きで好きでたまらないといった様子でしたね。惚気話のろけばなしを聞かされたバイトの子が、羨ましさの余り、のたうち回る光景を何度も見ました。



 二人はその後結婚。身近な人だけを集めた結婚パーティーには私たち夫婦も出席させてもらいました。あれは本当に素敵なパーティーでした。皆が二人を心から祝福し、この先の幸せを願い笑顔を浮かべていました。


 しばらくして、須崎夫妻は琴美ちゃんという女の子を授かりました。家族三人で来店してくれたときは、幸せいっぱいの表情を見せてくれたものです。見ているこちらまで心が温かくなりました。


 しかしその後、瑠璃ちゃんを病魔が襲い、あっという間に亡くなってしまわれました。娘さんもまだ幼いのに……瑠璃ちゃんの無念さを想うと、とめどなく涙が溢れたものです。


 それ以降、須崎君は顔を見せなくなりました。ときどきケーキの注文はしてくれていたようですが。


 おそらく彼にとって、この店は瑠璃ちゃんとの思い出が詰まりすぎて辛いのでしょう。




「ご無沙汰してます。きょうは娘の琴美を連れてきました」


 久しぶりに私の前に現れた須崎君は、以前の彼にかなり戻っていました。目に力が戻っていたのです。


「お久しぶりですオーナー!戻ってきました!」


 琴美ちゃんが私にそう挨拶してきました。戻ってきました?よく意味がわかりません。元気な子なのは確かなようです。須崎君が元気を取り戻せたのはこの子がいたからでしょう。


 ところで須崎君、娘さんの頭をそんなに力を込めて掴んではいけない、痛がって藻掻いているよ?



 二人は店内で食べていくらしいので、私は急いで厨房に戻り、瑠璃ちゃんが好きだったモンブランケーキを作りました。ちょうど品切れになっていたのです。


 瑠璃ちゃんはこのモンブランケーキを食べると、嬉しさのあまり身体を左右に揺らす癖があって、その仕草が可愛かったんですよ。私は瑠璃ちゃんの好きだったモンブランをぜひ娘の琴美ちゃんにも味わってもらいたかったのです。


 出来上がったモンブランケーキを持って二人の席に行くと、琴美ちゃんが美味しそうにケーキを食べていました。その顔は母親に生き写しのようでした。あまりにもそっくり過ぎて一瞬足が止まってしまったほどです。


「これ、君のお母さんが好きだったモンブラン。急いで作ってきたんだ」


 そう言いながらテーブルに置いたケーキを見て、琴美ちゃんはとても喜んでくれました。


「ありがとうございます三上さん。瑠璃も入院中何度もここのモンブランとヨーグルトムースを食べたいって言っていたんですよ」


 そんなことを言われると泣いてしまいそうになるじゃないか須崎君、勘弁してくれよ。


「おいしー!」


 琴美ちゃんはとても幸せそうな顔をしています。あれ?身体を左右に揺らしているね、そんな仕草も母親に似るものなんだね。まるで瑠璃ちゃんに食べてもらっているようで嬉しいな。ありがとね。



 仲良く手を繋いで帰る二人を見送りました。須崎君が元気になって本当に良かった。瑠璃ちゃんの分まで幸せになるんだよ。



 さてと!私もケーキ作りを頑張りましょうか。また琴美ちゃんに美味しいと言ってもらえるように精進しなければ!



 ◇◇◇◇◇


『ルブラン』のオーナー、ダンディー三上さん視点のお話でした。



 明日は大島部長視点のお話を掲載予定です。

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