第13話 帰省

 月曜の夜、琴美が寝た後で瑠璃とホットミルクを飲みながら大島部長との昼食会の話をした。瑠璃は女帝(総務の石野さん)に興味を持ったようだ。会ってみたいとさえ言っているが、怖いもの知らずにも程がある。もし可能ならば女帝との面談を代わってほしいくらいなのに。


 一通りの報告を終えて、ふと思ったことを瑠璃に聞いてみた。


「なあ瑠璃、どこか行ってみたい所とかないのか?」


 せっかくこっちに戻ってきたのだから、行きたいところの一つや二つあるだろう。まだどこにも連れて行ってやれていないことに気付いたのだ。


「んーっ、近場では別にないかな」


「近場では?遠くてもいいぞ?」


「……岡山に一度帰ってみたい、かな……」


 珍しく少しためらいながら話す瑠璃。


「そうか!そうだよな、両親にも会いたいよな。ごめん、俺が自分の両親と疎遠だから、瑠璃の気持ちに気付かなかった。そうだよ!普通会いたいよな」


 これは俺が完全に悪いな。俺は大学進学のために東京に上京して以来、一度も両親の顔を見ていない。会いたいとも思わなかった。二人ともそれぞれ別の家庭を築いて楽しくやっているだろうし。でも瑠璃は普通に両親とも仲良かったし、実家もある。故郷に帰ってみたいと思うのは自然なことだ。


「あーでも、どうしてもって訳じゃないから。実際に帰るとなるとたいへんでしょ?会社も休まないとだし、琴美にも負担だろうし」


 妻からの要望、これに応えないで男と言えようか!


「大丈夫だよ、有休溜まってるから数日休むくらい。琴美だってもう6才だ、飛行機を使えばそれほど大変でもないだろ。よし、じゃあ今度の週末にでも帰ろう。会社には2日ほど有休申請しておくよ」


「いいの?」


「もち!」


 と言うことで帰省することになった。俺にとっては約9年ぶり。大学卒業時に瑠璃の両親に結婚の挨拶するために訪れたのが最後だ。


「瑠璃の実家にも連絡しておかなきゃな。琴美に会えるって喜ぶだろうな」


「そうね、今のところ唯一の孫だし」


 瑠璃には二つ上の兄貴がいるが、未だ独身だった。ずっと実家暮らしをしていて、瑠璃が見たところ結婚願望ゼロらしい。俺も何度か会ったことがあるが、無口でちょっと何考えているのか分かりにくい人だ。


 俺はこの義兄とまともに会話をしたことがない。一方的に喋ったことならあるけど。「家族とも滅多に話さないから大丈夫、嫌われているわけじゃないから」と瑠璃は言っていたけど、本当だろうか。




 翌日さっそく有休申請をした。理由を聞かれ、妻の墓参りに行きたいので、と課長に言うと同情してすぐOKが出た。嘘ですごめんなさい。



 瑠璃は帰省が決まって以来、琴美の体を借りることをしなくなった。なんでも憑依して体を借りるのは、それなりにエネルギーを使うそうで、岡山に帰ったときにたくさん憑依することになるだろうから、それまでエネルギーを溜めておくって言ってた。おかげで習慣になりつつあった深夜のホットミルクパーティーが無くなってしまった。残念だ。




 何事もなく数日が過ぎ、土曜日となった。俺と琴美は、着替えなどの荷物と、義両親が好きな『どらや』の羊羹詰め合わせセットを持って、羽田空港へ向かった。


 きょうはけっこう歩くことになるので、まだ6才の琴美には少々たいへんだろう。だが、実家に帰りたいという瑠璃の気持ちを伝えているので、本人はすごく気合が入っている。琴美は良い子だ。



 羽田空港から一時間ちょっとで岡山桃太郎空港に到着。初めての飛行機に琴美は終始興奮していた。でも泣いたり騒いだりはしていない。やはり良い子。



 空港には義両親が迎えに来てくれていた。


「おばぁーちゃーん!」


 祖母の姿を見るなり駆け出す琴美。隣に立つ義父の少し悲しそうな顔が涙を誘った。


「浩太くん、よく来てくれたね」


「お世話になります」


 仕方ないので男同士で挨拶した。琴美と義母は抱き合ったまま嬉しそうに言葉を交わしていた。




「琴美ちゃん疲れただろ?きょうはゆっくり休んでね。明日から色々案内するから」


 車を運転しながら義父が琴美に話しかけているが、琴美は大好きなお祖母ちゃんと話すのに夢中だった。


「ありがとうございます。朝から歩き通しなので琴美も疲れているでしょうから、そうさせてもらいます」


 仕方ないので俺が代わりに応える。琴美、少しは空気読めよ。おじいちゃん、そのうち泣き出すぞ?



 瑠璃の実家は岡山市から少し北にある赤磐市あかいわしで果樹園を営んでいる。瑠璃は毎年実家から贈られてくる桃を楽しみにしていた。琴美も物心つく前から桃やブドウを食べていたので果物大好きな子に育っている。


「琴美ちゃん、帰ったら桃食べましょうね。時期はちょっと過ぎちゃったけど、なるべく甘いの用意しておいたからね」


「食べるー!」


 義母と琴美は後部座席で二人だけの世界に入っていた。6才の子どもに空気を読むことを期待しても無駄なのだと俺は悟った。


 義父が涙で運転を誤らないか心配しながら助手席に座っていた。




 瑠璃の実家に着いて、まず仏壇にお線香をあげた。たぶんこの様子を瑠璃が後ろから見ているだろう。瑠璃のことだから、一緒に手を合わせているかもしれない。



「あっ、竜二さん、ご無沙汰しています。数日お世話になります」


 俺たちが来たことに気付いたのか、瑠璃の兄の竜二さんが顔を出した。竜二さんは俺と琴美の顔をしばらく眺め、ペコリと頭を下げて奥に引っ込んでいった。


「不愛想でごめんなさいね」


 義母が困ったように謝罪する。俺はただ苦笑いしていた。やっぱり嫌われてるんじゃなかろうかと思いながら。

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