第12話 部長とランチ

 日曜の午後、俺は昼食後のくつろぎタイムを堪能していた。リビングの一角で琴美がジルバネアファミリーのお家セットで遊んでいる。琴美は自分なりにストーリーを作り、人形たちを動かしているようだ。俺には理解できないがセリフもちゃんとある。ひょっとして琴美には作家や脚本家の才能があるのではないかと、ぼんやり考えていた。


「コウくん、そろそろハンバーグを作ろう!」


 いきなりすくっと立ち上がった琴美、いや瑠璃だな。くるりと振り向きニタァっと口を歪ませた。6才の女の子がする顔ではない。


「それにしてもコウくんも隅に置けませんなぁ、ヒッヒッヒッヒッ」


「なに気色の悪い笑い方しとんねん」


「ネクタイもう見た?」


「はぁっ?!なんで知ってる?あっ、お前もしかして憑いてきてたな!」


「ヒッヒッヒッヒーッ。モテる男はつらいですなぁ」


 ニタニタといやらしい笑みだ。琴美の顔なのがよけいに腹立つ。


「そんなんじゃないって。感謝のしるしとしてくれただけだから」


「いやいや、時川さんの様子からすると、コウくんへの好感度はかなり上がっていると思うよ」


「大袈裟だろ」


「だって、自分がピンチの時に颯爽と現れて救ってくれたんだよ?彼女にはコウくんが白馬の王子さまに見えてると思うよ」


「王子さまって歳でもないけどな」


「とにかく!脈ありってことだよ」


「……また女の勘か?」


「そう、女の勘」


「でも彼女、まだ23か4だよ?もうすぐ31になろうかという子持ち男を好きになるとは思えないけどなぁ」


「人を好きになるのは条件や理屈じゃないってことだよ。まあいいや、とにかく今はハンバーグ!」


「お、お手柔らかにお願いします……」


 もう失敗は許されない。ハンバーグのみ弁当は嫌だ。悲壮な覚悟とともに俺は立ち上がった。





「須崎君、珍しいな、弁当か?」


 翌日の月曜日、デスクで弁当を広げていると、大島部長に声をかけられた。


「ちょうどいい、小会議室で一緒に食べよう」


 大島部長はいつもの愛妻弁当を手にしていた。


「わかりました、ご一緒します」


 上からのお誘いは断れない。サラリーマンの哀しい性だな。




「なんだ?おかずはハンバーグだけか?」


 俺の弁当を覗き込み驚く部長。


「ええまあ、今ちょっと料理の勉強をしていまして、昨日失敗したハンバーグを消費しようと」


「にしても……胸やけしそうだな」


 部長に顔を顰められた。やるせない……。


「料理を教わっている先生が厳しくてですね、ちょっと焦げてたり、中のチーズがはみ出しているとダメ出しが出るんですよ」


「それはまた……まあ、ハンバーグの話はどうでもいい」


 どうでもよくない。同情するならハンバーグを食べてくれ。


「金曜の件だが、以前から知っていたのだな?」


 おっと!いきなり斬りこんできたか。


「時川さんのことですか?知ったのは数日前です。彼女が一人で残業してて、あまりに必死な様子だったので気になって声をかけたんです。それで気づきました」


「そうか……」


「たぶん誰も知らなかったと思います。相嶺さんが上手く偽装してたようですね」


 ホントよく今までバレなかったよな。


「二人から聞いたが、相嶺君が自分の仕事のほとんどを丸投げしていたようだ」


「うわっ、そこまでは知りませんでした。時川さん、よく潰れなかったですね」


「実際危なかったと思う。もう少し発覚するのが遅れていれば、取り返しのつかないことになっていたかもしれん」


「ですね……」


「そういう意味でも今回は助かったよ、礼を言う」


「いえいえ、大したことはしてませんので」


 けっこう楽しんでやってたし。


「それにしても君は演技が下手だな。初めから君が全部知っていたと、かなりの人間が気づいたんじゃないか?」


「ですよねぇ、あまりの下手さに自分でも驚きました。役者を目指さなくて良かったと心底思いましたよ。それで、今後はどうなります?正直、時川さんに逆恨みとかされると困るんですけど」


「相嶺君は来月から総務課に移動になる。石野君にも話は通してある」


「女帝……そりゃまた大変でしょうね」


 総務の石野さん。女帝の異名を持つ影の実力者だ。勤続年数38年、経営陣にも顔が効き、育てた社員は数知れず。当然仕事にも厳しく不正は絶対許さない。相嶺さんの天敵のような人だろう。


「本来なら解雇でも良いくらいだ。十分に温情措置だよ」


「本人はそう取らないでしょうけどね。半年もつかな?」


「この二年、さんざん楽をして来たようだからな、私は三カ月と見ている」


「うわ~っ、ぶっちゃけますね」


「今回のことは私の責任だ。仕事ができる人間だと思い込み、相嶺君を優遇しすぎた。山崎課長に聞いたが、実は前からおかしいと感じていたそうだ。相嶺君にあまりにも余裕がありすぎると」


「え!?山崎課長、気づいていたのですか?」


「私のお気に入りだからと、見て見ぬふりをしていたようだ」


「……」


 洒落にならないな山崎課長。


「君があのまま営業二課にいてくれれば、今頃は君が課長になっていただろうに。そうすれば今回のことも起こらなかったのだろうな」


「……その節はお世話になりました」


「奥さんが亡くなって、男手一つで幼い娘を育てることになったので、残業の少ない部署に配置転換してほしいと頼んで来た時には頭を抱えたものだ。君は営業二課のエースだったからな。君が営業企画課に移ったときなど、二課で軽くパニックになったほどだ。数字もだいぶ落ちたしな」


「ハハハハッ」


 笑って誤魔化すしかない。


「今でも顧客の多くが君を頼りにしていると聞く。どうだろう、そろそろ復帰を考えてみても良いんじゃないか?」


 この昼食会、本題はそっちだったか。


「すみません部長、まだ娘も小さく手がかかります。あの子を誰もいない家で一人で留守番させたくないんですよ」


「娘さん、たしか来年から小学校だったな。やはりまだ厳しいか……すまない、時期尚早だったな。だが復帰のことは頭に入れておいてくれよ」


 大島部長が俺のことを評価してくれているのは嬉しいのだが、今は琴美のことが最優先だ。


「まあ今回のことで女帝殿も君の事をかなり気に入ったらしくてな、近いうちにお話ししたいと言ってたぞ。なのでこのままでも出世コースに乗るだろうがな」


「はぁっ!?ちょっと待ってくださいよ!なんでそんな事になってるんですか?勘弁してくださいよぉ」


 知らない間に女帝さまとの面談が決まっていた……。

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