第11話 お礼

 相嶺さん騒動もなんのその、いつも通り定時で退勤した俺は、琴美と仲良く手を繋いで帰宅した。最近、北岡先生がよく話しかけて来るみたいで、話題のほとんどが北岡先生に関することだった。んーっ、正直少しめんどくさい。


 途中でスーパーに寄って買い物をする。総菜コーナーで夕飯のおかずをゲットし、日曜の料理教室ののために、合い挽き肉と玉ねぎ、それとパン粉とチーズを買った。今回のメニューはチーズinハンバーグだ。


 夕飯を食べ、一緒に風呂に入り、髪の毛を乾かしてやると、琴美は早くも舟をこぎ出した。急いで寝かしつけてからキッチンに行き、蜂蜜入りホットミルクを二人分用意する。


 瑠璃が元気だった頃は、二人で紅茶を飲みながらテレビを見たり雑談したりするのが夜の過ごし方だったが、今は琴美の体なのでカフェインはなるべく摂らないようにしている。



 用意を済ませ、リビングのテーブルで待っていると、パジャマ姿の瑠璃がやって来た。見た目はウサギ柄のピンクパジャマの幼児だが、その正体は幽霊探偵だったりする。


「「いただきます」」


 ホットミルクを一口飲む。蜂蜜を入れるのは元々は俺の流儀だったが、瑠璃も気に入ってて、お互い好みの分量も決まっていた。俺のは少し多め。


「いやー上手く行ったね!」


 作戦が上手く行って、ご機嫌な瑠璃探偵。


「だな、完璧と言っていいだろうな。相嶺さん、あの後部長にだいぶ絞られたらしいぞ。泣いてたって二課の連中が言ってた」


「自業自得よ。たっぷり反省してもらいましょう」


 ニヤリと笑う瑠璃、悪役顔だな。


「これで時川さんも安心して仕事ができるな」


「……それはどうだか分からないわよ?本人が反省してない場合、こういうのってより周囲には分かりにくく、陰湿になって行くものだから。女は特にね」


「おい、怖いこと言うなよ」


「本当のことよ。当分は警戒が必要ね。コウくん、ちゃんと見張っておいてね」


「そうか、そうだな。気を付けるよ」


 しばらくは注意しておこう。


「でも今日の所は乾杯だね!私たちはやり遂げた!」


「ホットミルクで乾杯だ!」


 コンッとマグカップを合わせる。また瑠璃とこんな風に笑い合えるなんて、なんて幸せなのだろう。





 翌日は土曜日、家事の日だ。朝から部屋の掃除や洗濯に大忙しだった。


 ひと段落ついた昼過ぎ、俺のスマホが鳴った。時川さんからだった。


「すみません突然、今大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ。どうしました?」


「昨日のことで是非お礼をと思いまして、急で申し訳ないのですが、明日とか予定空いてませんか?」


「明日?んーっ、午後からは料理教室だし、午前中なら大丈夫ですよ?」


「で、では明日の午前10時でいかがですか?須崎さんは確か巣鴨でしたよね?でしたら巣鴨駅の正面口でどうでしょう?」


「OKです。では明日10時に」


 よく巣鴨って知ってたな。ひょっとして俺の個人情報が漏れている?とかバカなことを考えながら受け答えをした。





「そんな流れで明日、時川さんに会うことになったよ」


「ふーん、そうなんだ」


 その夜、瑠璃に電話の件について報告したら、興味なさげに返事をされた。




 翌日、約束の時間の15分前に家を出る。令和の時代になっても、昭和臭のする巣鴨駅周辺は俺のお気に入り散歩コースだ。のんびり街並みを眺めつつ駅に向かう。


 正面口に着くと時川さんが待っていた。プライベートで女性と待ち合わせするのが久々なので少し緊張した。


「お待たせしました」


「お呼び立てして申し訳ありません。会社ではなかなか話せる機会がないと思いまして……」


「まあそうだね、それに当分俺とは会社で話さない方が良いかもしれないよ?金曜日のこと、時川さんと俺が示し合わせてあんな事をしたと思われると、ちょっとマズいでしょ?相嶺さんに逆恨みされてもつまらないし」


「そう、ですよね……正直なところ、それが一番怖いです」


「だよねぇ、まあそうなったらそうなったで、また対策を考えるけど」


「……今回のこと、本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げる時川さん。いやちょっと待って!往来でそんなことされると周囲の目が……俺が何かいじめているように見えるから!


「き、気にしないで頭を上げてください。ちょっとお茶でも飲みながら話しましょうか」


 急いでその場を離れるために、近くの喫茶店に案内することにした。




 案内した店は、俺も何度か来たことのある昔ながらの喫茶店だ。二階にあるため、観光客とかにはあまり気付かれないので、穴場的な喫茶店と言えるだろう。


 オシャレなコーヒーチェーン店よりこっちの方が俺は落ち着くんだよ。そういうところがジジ臭いと瑠璃には言われたが仕方がない。


「でもよくあの場面で、作成したのは自分だと言い出せたね。正直、時川さんには名乗り出るのは無理だと思っていたから、もっと相嶺さんを追い込まなきゃとか考えていたんだよ、まあ手間が省けて助かったけど」


「はい、頑張りました。須崎さんが私のための動いてくれているのが分かっていましたので、勇気を持てました」


 嬉しそうにあの時のことを話す時川さん。この笑顔が見れただけで、頑張った甲斐がある。


「何にしても上手く行って良かったよ」


「あの後、大島部長に気付かなくて申し訳なかったって謝られました。ボーナスの査定を大幅アップしてくれるそうです」


「そうかぁ、良かったね」


「はい!奨学金の返済もあるので、正直とても助かります。それでその……今回のお礼に、ネクタイなんですけど、良かったら……」


「おーっ、ありがとう。遠慮なくいただきます」


 ニコニコしている時川さん。数日前の余裕のない顔が嘘のようだ。


「ところで須崎さん、料理教室に通ってらっしゃるんですか?」


「え!?ああ、うん……スパルタ料理教室ね」


「スパルタ?」


「いやこっちの事。娘に喜んでほしくてさ」


「良いパパなんですね。もしかして、少し前にお弁当のおかずが卵焼きだけだったって言うのは関係あります?」


「な、なんで知ってるの?」


「少し噂になってました」


 ハンバーグは失敗しない!俺は心にそう強く誓った。

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