第10話 作戦実行
「それでは我が探偵事務所が調査した結果を伝えます。依頼人の須崎様には少々厳しい結果となってしまいましたが、今から話すことは全て真実です。気をしっかり持って最後までお聞きください」
自宅で作戦会議を始めると、今日一日探偵気分だった瑠璃は、ノリノリで説明を始めた。すっごく楽しそうだな、こういう時は茶々を入れない方がいい。
「まず初めに、相嶺さんと大島部長は~ジャラララララララッ……白です!不倫関係ではありません!」
「っはぁ~……まじかぁ、良かった」
これには本当に安心した、厳しい結果なんて言うから焦ったよ。瑠璃が死んだ後、大島部長には色々と世話になっていたから、社内不倫が事実だとしたら悩むところだった。奥さんや子供たちとも面識あるし。
「どうやら相嶺さんが大島部長に気に入られるために、頼まれてもいないのにお茶を入れたり、やたらヨイショしたりして、ご機嫌取りを積極的にしているだけのようです。大島部長も相嶺さんは仕事が出来る部下と認識しているので、結果的に仲良く見えたのは仕方ないでしょう。ただ、相嶺さんの方は大島部長に誘われればOKするつもりのようです」
「そうなの?相嶺さん、そんなに大島部長のことを?」
「と言うかですね、相嶺さんは男女の関係については、とてもハードルが低いタイプの女性のようです。
「あー、なるほど」
普段の相嶺さんを見ていると、なんかすごく納得できる。
「そんなわけで、今回のミッション難易度はグッと下がりました。要するに相嶺さんが実は仕事が出来てた訳じゃなくて、時川さんに自分の仕事を押し付けていただけという事を、営業部の皆に理解させれば良いのです」
「たしかに」
「ただですね、大島部長の心の内までは調査できませんでした。なのでそうなった場合、大島部長が相嶺さんを庇うという可能性もあります。そうすると、軽い叱責程度で済ませてしまうことも考えられます」
「それはマズいな、そうなると時川さんが後で報復される可能性が出て来るんじゃない?」
「そうです。なのでこの『幽霊探偵・瑠璃』が作戦を考えました!」
その設定、まだ生きてたのか……。
「まず、大島部長の相嶺さんに対する好感度を落としてから、仕事押し付けの事実を明らかにします。それならば万が一にも大島部長が庇うということもなくなるでしょう!」
「おぉーっ!凄いな瑠璃!でもそんなこと出来るの?」
「この『幽霊探偵・瑠璃』にお任せあれ!」
だ、大丈夫か?ノリノリ過ぎてちょっと不安なんだが……。
まぁ結局、押し切られて瑠璃の作戦案で行くことになるだろう。俺たちで話し合った場合、最終的に瑠璃の主張が通るのは昔からだからな。
翌日の金曜日、また瑠璃を背中に憑けて出社。
作戦は、瑠璃が行動を起こしてからなので、俺はそれを待つだけだ。
そしてその時はやって来た。
「うおっ!何だ!何をするんだ相嶺君!」
隣の営業二課から大島部長の声が聞こえてきた。始まったな!俺は他の野次馬と一緒になって大島部長の方を見た。
「あっ!す、すみません!ちょっとボーっとしてて」
「ボーっとしてたら私に頭からお茶をかけるのか!」
「いえ、そういう訳では……」
「もういい!よく分かった。誰か拭くものを!」
営業二課の周辺がガヤガヤしている。瑠璃の奴、上手くやったようだな。
瑠璃の作戦はこうだ、瑠璃が相嶺さんに憑依して、相嶺さんがいつものように大島部長にお茶を出すときに体を乗っ取り、大島部長の頭からお茶をぶっ掛ける。その後で俺が仕事を押し付けていたことを暴くのだ。
他人の体を乗っ取るなんて出来るのかと昨日聞いたら、一瞬だけならたぶん大丈夫って瑠璃は言ってた。以前、波長が合わないと弾かれるとか聞いていたので、上手く行くかは五分五分だろうと俺は思っていたけど。
大騒ぎの営業二課を見ながら、過去のプレゼン資料を印刷する。そしてその資料の幾つかの箇所に赤丸を付け、俺の準備は完了した。
「すみません大島部長、いま大丈夫ですか?って、なんで頭そんなに濡れてるんですか?」
先ほどの大騒ぎを、全く気づいていないかのように話しかける俺。いいんだ、自分でも大根役者なのは分かっている。
「お?おぉ、須崎君か。大丈夫だ、どうした?」
頭や肩をタオルで拭きながら応じる大島部長、どう見ても全然大丈夫には見えない。
「前回使用したプレゼン資料なんですが、見直していると少し疑問点がありましてですね、今後のことも考えて、出来ればご説明頂きたいのですが」
俺は『作成者:相嶺』と書かれたプレゼン資料を大島部長に見せる。
「ん?ああこれか。この資料は良くできていたな。相嶺君、須崎君が聞きたいことがあるそうだ。説明したまえ」
普段より、相嶺さんに対する口調がキツイ感じがするのは気のせいではないだろう。
「は、はい!」
小走りで駆け寄る相嶺さん。先ほどの失態を取り返せるとでも思っているのかな?
「ここなんですけどね、この数字のソースは何ですか?あとここ、これはコトラー理論の引用ですよね?これを使った理由をお聞かせ頂きたいのですが」
このプレゼン資料を作った者にしか答えられないような質問をする。例え資料を読んでいたとしても、そう簡単には答えられないはずだ。
「えっ?えーっと、それはですね……なんと言いますか、えっと……つまり……」
案の定答えられず、目を白黒させている相嶺さん。可哀そうだけど更に追い込むからね。
「あれ?分からない?おかしいな、この資料を作成していたならすぐに答えられるはずなのに……もしかしてこの資料、違う人が作ったのかな?だとしたらその人を呼んでもらえますか?」
「あっ、いえ……これはその……つまり」
「時間の無駄ですので、作成した人を呼んでくれませんか?」
顔がどんどん青くなる相嶺さんに強めに要求する。同情なんてしませんよ?
「相嶺君、これは
「いえ、その……」
「もういい!誰か!この資料の作成者を知らんか?」
営業部全体に響く大島部長の声。部内全ての人の視線が集まる。
「あ、あの……」
「ん?何だ時川君、この資料について何か知っているのか?」
戸惑いながらも前に進み出た時川さんに、ギョッとした目を向ける相嶺さん。
「はい、私がお答えします」
「んん!?君が?もしかしてこの資料を作成したのは君か?」
「はい……」
相嶺さんをチラチラ見ながら答える時川さん。頑張れ、今が勝負の時だぞ。
「相嶺君、これはどういう事かね?何で時川君が作った資料の作成者名が相嶺君になっているんだ?」
「あっあっあっ……」
もう言葉にすらなっていない相嶺さん。呼吸困難でも起こしそうになっている。
「とりあえず時川さん、先ほどの質問に答えてくれるかな?」
「はい、ではこの数字のソースですが――」
スラスラと答える時川さんを見て、営業部の全ての人が理解しただろう。相嶺さんが自分の仕事を時川さんに押し付け、その手柄を横取りしていたことに。
「なるほどー、実に良く分かりました。あれ?そうすると、先月拝見した資料にもコトラーの理論が使われていたと思うのですが、時川さんってコトラー信奉者?」
「いえそういう訳では。でもマーケティングの基本ですから」
「なるほど。最近プレゼン資料が充実していると思っていたのですが、時川さんのおかげだったのですね。今後ともよろしくお願いしますね。大島部長、お手数をおかけしました。それでは失礼します」
やり切った!俺は完璧にやり切ったぞ!後で瑠璃に褒めてもらおう。
「……相嶺君、少し話がある。ついて来なさい」
俺が去った後、大島部長が相嶺さんをドナドナして行った。相嶺さんは子牛のごとく震えていた。
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