第9話 爆誕!幽霊探偵

 きょうは少しだけ残業になった。いつもは5時ピッタリに退勤しているのだが、イレギュラーな仕事が入ってしまったので仕方ない。保育園に「迎えに行くのが遅れます。申し訳ありません」という連絡を入れ、気合を入れて書類を捌く、一分一秒でも早く琴美を迎えに行くために。


 そう言えば「午後5時を過ぎたら須崎には近づくな」と社内では言われているそうだ。背中から尋常じゃない何かが出ているらしい。


 約40分で仕事を片付け、ようやく退勤となった。これならベテラン保育士の柿崎さんに睨まれなくて済みそうだ。お迎えが遅くなったとき、顔では笑っていても目は笑っていないんだよな、あの人。ちょっと苦手だ。


 手早く帰り支度をして帰ろうとしていると、お隣の営業二課で、時川さんが背中から尋常じゃない何かを発しながらパソコンに向かっていた。ちなみに俺が所属しているのは営業企画課。なので営業二課の社員ともよく顔を合わせる。時川さんは入社二年目の女子社員で、素直で良い子って印象。



「時川さん、残業?」


 その鬼気迫る様子が気になり声をかけた。


「あっ、須崎さん、お疲さまです。ちょっと頼まれてしまって……」


「なんか凄い勢いでキーボード叩いていたけど、大丈夫?」


「もしかして煩かったですか?すみません。ちょっと焦ってて」


「なにか用事でもあるの?」


「いえ、そういう訳ではないのですが、今日は母が出掛けているので、私が家族の夕ご飯を作らなきゃいけないんです」


「そっかー、そういうときに限ってってやつだね。……ん?これ、作成者名が相嶺さんになっているけど?」


 パソコン画面を何気なく見ると、『作成者:相嶺』の文字が目に入った。


「あっ!いえこれは……」


 慌てて画面を隠す時川さん。


「もしかして押し付けられた?」


「……」


 相嶺さんというのは、時川さんと同じ営業二課で、たしか今28才か29才くらいの女子社員だ。香水がキツめで、できれば近づきたくない部類の子だった。


「これプレゼン資料だよね。……もしかしてだけど、いつも仕事押し付けられてない?前に見たプレゼン資料のまとめ方に似ている気がするんだけど?確かその時も相嶺さんが作成したことになっていて、大島部長がやたら褒めてた記憶があるのだけど」


「……」


「答えたくない?」


 答えないのは答えているのと同じことだ。俺の予測はたぶん正しい。


「大島部長は知っているの?」


 俺の問いに小さく首を横に振る時川さん。こりゃまいったな、変なことに首突っ込んでしまったかも。


「相嶺さんは大島部長のお気に入りだもんね、言えないかぁ」


 思わずため息が出てしまう。実は社内では、大島部長と相嶺さんは不倫関係にあるのでは?という噂が流れているほど二人は仲が良い。なので、営業二課の課長さえも相嶺さんには気を使っているほどだった。入社二年目の駆け出し社員が、相嶺先輩に仕事押し付けられてます!なんて声を上げることは難しいだろう。


「事情は分かった。ちょっと僕の方でも考えておくから少し時間をくれない?」


 これは瑠璃に相談するしかないな。そんなことを考えながら話す俺の顔を、時川さんはキョトンとした顔で見ていた。




「――っていう事があってさ、どうしたらいい?」


 帰宅後、俺は瑠璃に今日あったことを相談する。もちろん不倫疑惑も含めて。


「うーん……簡単には行きそうにないわね。まずその部長と相嶺さんって子が本当に不倫関係にあるかどうかを確かめないと、時川さんが主張しても逆に立場が悪くなるだけだし。いっそ、不倫の証拠掴んで公表するって手もあるけど?そしたら二人とも会社に居られなくなるでしょ?」


 悪い顔の瑠璃。やめてくれ!琴美の顔でそんな表情するな!


「そこまではしたくないかな。大島部長には世話になってるし。出来れば穏便に済ませたいとこだけど」


「コウくんがそう言うならそれでも良いわ。とりあえず明日、私がコウくんに憑いて会社に行ってみようかな。それで色々人間関係調べてあげる」


「そんなこと出来るの?」


「もちろん出来るわよ。『幽霊探偵・瑠璃』爆誕!」


 あんま人気出なさそうなタイトルが来た。




 翌日、瑠璃を背中に憑けて出社。本当に憑いているのか霊感ないから分からないけど、昨日の自信満々な様子なら大丈夫だろう。


 そう言えば、電車に乗っているときに、見知らぬ男性に凄いビックリした顔でガン見された。あれはいったい……。



 俺はいつも通り仕事をこなして、定時に帰路についた。帰ってから瑠璃と作戦会議だ!


 時川さんには悪いけど、この状況を、ちょっと楽しんでいる自分がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る