第8話 ピキーンッ!

一日の仕事が終わり、急いで琴美の通う保育園に迎えに行く。


「お世話さまでしたー」


愛想よく先生たちに挨拶。挨拶は大事だよね。


帰り道、手をつないで歩く琴美が俺の顔をじっと見ていた。


「ん?琴…瑠璃か?どうかしたか?」


「ねぇ、北岡先生ってどう思う?」


「ん?保育士の北岡先生?」


「そう。どう思う?」


「どうって、いい先生だと思うよ?優しそうだし、遅くに迎えに行っても嫌な顔しないし」


「じゃなくて、女としてどうかってこと!」


「はぁっ!?いや女としてとか言われてもなぁ、そんな目で見たことないし」


「きょう北岡先生が、普段パパと何してるの?って聞いてきたのよ」


「へぇ~、そんなことが気になるのか」


「コウくんに気があるんじゃないの?」


「んなアホな」


「そうじゃなきゃそんなこと聞いてこないわよ。コウくんが一人で琴美を育てていることは知っているはずだし。彼女がいるか探り入れてきたのよ、あれは」


「そうかぁ~?ただの世間話じゃないかな。なんでそう思った?」


「女の勘」


「勘かぁ~」


瑠璃の色恋に関する『女の勘』はあなどれない。大学生のときに、同じゼミの子を一度見ただけで俺に気があると言ってきた。その時は笑って流していたが、しばらくしてその子が俺に告白してきたのだ。もちろん俺は断った。

後日、なんで分かったのか聞いてみたら、「コウくんの大学に二人で行ったとき、値踏みするような目で見られた」と瑠璃は言っていた。それでピキーンッ!ときたらしい。女の勘、恐るべし。



「北岡先生がどこまで本気かは分からないけどね。でもコウくんって、結婚するなら悪くないと見られても不思議じゃないでしょ?ちゃんと働いているし、優しそうだし」


「うーん、それほど良い相手ではないような……子供もいるし、平凡だし、地味だし、片付け下手だし……なんか自分で言ってて悲しくなってきた」


「そんなことないって!コウくんはけっこう優良物件なんだよ?子供が嫌いな人は無理だろうけどさ。その点、北岡先生は保育士になるくらいだから子供好きだろうし、琴美もけっこう懐いているみたいだし」


「そうかぁ、琴美は懐いているのか」


「あ、でもコウくん気持ちが最優先だからね!気持ちが無いのに条件だけで結婚とかダメだよ?」


「それはまあそうだね」


「どう?お試しで付き合ってみるっていうのは」


ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込む瑠璃。


「お試しとかは嫌だな。そんな失礼なことは出来ないよ」


「もう、コウくん真面目だなぁ。そんなに深刻に考える必要ないのよ?彼女、それなりに遊んできてるっぽいし」


「そうなの?よく分かるね」


「女の勘」


瑠璃はそう言ってケラケラ笑っていた。




翌日、会社帰りにいつものように琴美を迎えに保育園に行く。


「お一人で家事も育児もって大変ですね。私、掃除とか料理はけっこう得意なので、手伝えることがあればお手伝いしますよ?」


琴美が帰り支度して来る間に北岡先生がそう言ってきた。


「えっ!?あ、あーどうも」


という意味のない返ししかできなかった。なぜ急にグイグイ来る?突然サササッって近づくから何かと思って身構えてしまったよ。ちょっと動きがゴキブリチックだったことは絶対言えない。


琴美がその後すぐ来たので、北岡先生との会話はそこまでだった。




「あー、もうアプローチしてきたかぁ。なかなか積極的だね彼女」


瑠璃にその話をすると、宙を見ながら笑っていた。


「瑠璃?お前、なにかした?」


「えっ、いや~まあその~」


「したんだな。吐け!」


「たいしたことじゃないけどね、きょう北岡先生に『パパ、彼女欲しいって言ってたー』って可愛くお話ししたのよ」


「はぁっ!?俺そんなこと言ったか?言ってないよね?言ってないのにそゆこと話しちゃダメでしょうが!」


「まあまあ、だってコウくんに任してたら、いつまで経っても進展しないじゃない。だから後押ししたのよ?」


「だからって、そんな……」


「ちょっと考えてみても良いんじゃない?彼女、オッパイはそんなに大きくないけど」


「いや、オッパイはどうでもいいんだけど……」


そう言う俺をジーッと見つめる瑠璃。え?なに?俺なにか変なこと言った?女の勘?勘が発動してるの?ピキーンなの?


「一度、デートにでも誘ってみたら?今なら百パーOKもらえるから」


「そうは言われてもなぁ、恋愛かぁ……ちょっと面倒くさ……あれ?俺ってもう枯れかかってるのか?この考えマズくない?」


そう自問自答している俺を見て、瑠璃はケラケラ笑っていた。

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