第7話 料理教室
その後は、ダンディー三上さんと瑠璃との思い出話に花が咲いた。バイトしている時の失敗談や、他のバイト仲間に俺の話をして惚気てたこと、明るく丁寧な対応で常連さんに人気だったことなど、時折り涙ぐみながら話してくれた。三上さんも、まさか本人が目の前にいるなんて思いもしないだろうな。
もちろん瑠璃は夢中でケーキを食べまくっていたよ。始めに注文した2つとダンディーがサービスしてくれたモンブランだけでは足りなかったのか、追加注文までして久々のケーキを堪能していた。
「瑠璃ちゃんが亡くなって、すっかり元気がなくなった君をかなり心配していたんだが、もう大丈夫そうだね。瑠璃ちゃんの分まで娘さんと幸せにならないといけないよ?」
帰り際、玄関まで見送ってくれた三上さんの言葉が嬉しかった。
「はぁ~っ、美味しかった、満足満足!」
帰り道、お腹をポンポンっと叩きながら笑顔を見せる瑠璃。さすがに食べ過ぎだろうと思う。夕飯はちょっと遅めにしたほうがいいかもしれない。
家に着いたてすぐ、瑠璃は琴美に体を返したようだ。外出していたので、目安の一時間はとっくに過ぎていた。琴美の様子が気になったが、別段調子が悪いとかはなさそうだ。
ママとは夢の中で会えると説明すると、琴美はとても喜んでくれた。
「じゃあもうねる!」
「いやいや待って!いくら何でも早すぎるって。今からだと夜に目が覚めて眠れなくなるよ?」
ママと話せると分かったもんだから、すぐにでも寝ようとする琴美。まだ昼の2時だよ?さすがに早すぎなので止めた。
「ことみ、ママの甘いたまご焼きのつくりかたを聞きたいの」
「えっ!?琴美、ママの卵焼き覚えているのか?」
「うん。甘くてふわふわして美味しいの」
知らなかった。琴美が瑠璃の卵焼きを最後に食べたのは瑠璃が入院する前だから、まだ3才の頃だろう。その味を覚えていたとは……。
「……そうか、ごめんな。パパがちゃんと聞いておけば良かったのにな。ずっと我慢してたんだな」
「おばあちゃんのたまご焼きは、固くて甘くなかったの」
そう言えば、岡山のお義母さんが来た時に作ってもらってたな。あれはそういう意味だったのか。そりゃ違うだろう、あれは俺の好みに合わせた瑠璃特製の卵焼きだからな。
「でも琴美、火を使う料理はまだ早いから、琴美は聞かなくていいぞ」
「え~っ!」
「代わりにパパが聞いといてあげるから、夢で会ったら他の話をするといいよ」
「パパが作ってくれるの?」
「まかしとけ!パパ頑張るから!」
6才になったばかりの子が、作り方を聞いただけで卵焼きを作れるとは思えないもんな。ここは俺が頑張るしかない。明日にでも瑠璃に教えてもらおう。俺も久しぶりに食べたくなったし。
そんなわけで翌日の日曜日、瑠璃に卵焼きの作り方を教えてもらうことになった。
「3才の頃に食べたものを覚えているなんて、琴美は天才に違いないわね!」
確かに俺は3才の頃に食べたものなど一つも覚えていない。そうか!うちの琴美は天才だったのか!
「実際に作りながら説明するね。その方が理解しやすいだろうし」
ということで瑠璃と二人でキッチンに立つ。俺は瑠璃が生前に使っていた花柄模様のピンクのエプロン、瑠璃は琴美用のウサギ柄エプロンを装着。
ほのぼのとした雰囲気でスタートした料理教室だったが、いざ始まってみると瑠璃は厳しかった。
「違う!泡立ててはダメ!手早くそれでいて滑らかにかき混ぜるの!」「卵は一度に入れない!」「失敗を怖がるな!」「料理なめんな!」などと叱られ、俺は軽い気持ちでこの場に立ったことを後悔した。
一時間後、焦げたり形が崩れたり、卵の殻が入っていたりといった失敗作を経て、なんとか満足のいく卵焼きが作れるようになった。
「ま、こんなもんでしょ。何度か作っていれば慣れてくるわよ」
瑠璃からも及第点を貰えた。つ、疲れた……卵焼きがこんなに難しいものとは。
「けっこう手間がかかっていたんだな。濾し器でわざわざ濾してるなんて想像もしてなかったよ」
「そうよ、料理は手間と愛情をかければかけるほど美味しくなるものなの」
もっと早く知るべきだったと後悔した。でもこれで明日から琴美に美味しい卵焼きを作ってやれる。ミッションクリアだ!
「次は琴美の好きだったハンバーグを教えるわね」
……スパルタ料理教室は当分続くらしい。
翌日の昼、俺は会社のデスクで卵焼き弁当を食べていた。いや違う、卵焼きのみ弁当を食べていた。練習で失敗した卵焼きを消費しなくてはならなかったのだ。
「あら、珍しいですね、須崎さん手作り弁当ですか?って、おかず卵焼きだけじゃないの!」
目敏い女子社員に見つかり、恥ずかしい思いをした。
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