第6話 シュールな状況

「そう言えば瑠璃、昼間に外に出たりして平気なのか?」


 ケーキ屋『ルブラン』に歩いて行く道すがら、今さらの質問をしてみる。


「ん、全然平気」


 瑠璃は気分良さそうに俺の前を歩いていた。


 歩くこと15分、住宅街の一角に立つ洋風の館が見えてきた。落ち着いた雰囲気の外観は、少し緊張感すら漂わせていた。扉を開け、店に入って最初に目につくガラス張りのショーケースには、店主自らが丹精込めてこしらえた至極の一品の数々。宝石と見紛みまごう色とりどりのスイーツはキュートでエレガント。お客さまの目と舌を必ずやご満足させることでしょう。


 なんてナレーションが聞こえてきそうなケーキ屋さんに到着。


 今でも琴美のバースデーケーキやクリスマスケーキは、この店にお願いしている。ただ、瑠璃が死んでからの二年は普段来ることはなかった。ここに来ると嫌でも瑠璃を思い出してしまうから。


「うわーっ!久しぶりだから感動する!」


 そう言いながらドアを開ける瑠璃。


「いらっしゃいませー」


 アルバイトだろう、白いコックコートを着た二十歳くらいの女の子が元気よく声を掛けてきた。


「ふわーっ!」


 ショーケースに突撃する勢いで近寄る瑠璃。見た目6才の女の子なので、店員さんも微笑まし気に見ている。


「ねぇ、コウくん、知らないケーキがいっぱいある!」


 目をキラッキラさせて振り返るその表情は、学生時代の瑠璃そのままだった。


「手が空いているようでしたら三上さんに、須崎が来たとお伝えいただけますか?」


 俺は店員さんにオーナーさんを呼んでもらうようお願いする。いきなりオーナーを呼び出すなんて、ちょっと偉そうだけど、瑠璃に会わせてあげたいんだ。


 店員さんが引っ込むと、奥から「おーっ!」と声が聞こえた。相変わらず元気な声だ。


「やあ、須崎くん。声を掛けてくれるのは久しぶりだね」


 店の奥から出てきた初老の男性、この人がオーナーパティシエの三上さん。ロマンスグレーの髪と口髭をたたえたダンディーな人だ。


「ご無沙汰してます。きょうは娘の琴美を連れてきました」


 そう言って、ショーケースに張り付いたままの瑠璃に視線をやる。


 俺の視線に気づいたのか、瑠璃が慌てて立ち上がった。


「お久しぶりですオーナー!戻ってきました!」


 瑠璃……テンション上がりすぎて琴美の体ってこと忘れているぞ……。


「ん!?戻って?」


 意味不明な言葉に思わず顔を突き出す三上さん。ダンディー三上にそんなアホづらさせてしまってごめんなさい……


「すみません、こいつ時々変なこと言い出すんですよ。俺がさっき三上さんに会うのは久しぶりだとか言ったので、自分もそのつもりになったようです」


 苦しい言い訳をしながら、瑠璃の頭をガシッと掴む。瑠璃ィ~!マジ気をつけろよ!「オッオッオッ!」と痛みに藻掻いているが知らん、自業自得だ。


「ハハハハッ、元気な娘さんだね。会うのは二度目だね、あれは君がまだ3才の頃だったかな?オジサンのこと覚えてる?」


 ショーケースを挟んで瑠璃に話しかける三上さん。すみません、それ瑠璃なんで三上さんのことバリバリ覚えてます。


「うん、おぼえてるー!」


 琴美になりきって元気に答える瑠璃。


「そうかそうか。それは嬉しいね。ゆっくり選んでってね」


 瑠璃に優しい笑顔を向けるダンディー三上。俺も年取ったらこんな感じのオジサンになりたい。


「今日は食べていくのかい?」


「はい、そのつもりです。席空いてますか?」


「ああ、ちょうどいつもの席が空いてると思うから、ゆっくり楽しんでいってね」


 そう言って奥に引っ込んだダンディー、忙しいところごめんなさい。


 食べたいケーキを選んで、学生時代に瑠璃とよく座っていたテラスのテーブル席に移動する。ここは外に突き出しているため庭が一望できる。座っているとオシャレな気分にさせてくれる席だ。


 瑠璃はここが好きで、冬でも寒い寒いと言いながらケーキを震えながら食べていた。


「はぁ~、ここ懐かしい」


 嬉しそうな笑みを見せる瑠璃。それだけで来た甲斐があると言うものだ。


「お待たせしました」


 しばらくして、店員さんがケーキと紅茶を持ってきてくれた。俺も瑠璃もケーキを食べるときは紅茶派だ。


「ふおーっ!」


 ケーキを見て興奮している瑠璃に笑ってしまう。


「まずはこのヨーグルトムースのケーキを」


 パクリと口に頬張る瑠璃。


「ほは~っ……幸せ♡」


 本当に美味しそうに食べる奴だ。見ているこっちも幸せな気分にさせてくれる。


「ケーキを食べると、瑠璃ちゃんと同じ顔になるね。やっぱり親子なんだねぇ」


 いきなり現れたダンディー三上。


「三上さん?」


 来ると思ってなかったからびっくりした。だって何も言わずに奥に引っ込んだじゃんアンタ。


「これ、君のお母さんが好きだったモンブラン。急いで作ってきたんだ」


 そう言って、瑠璃の大好物だったモンブランケーキをテーブルに置いた。


「わぁーっ!さっきショーケースになかったから、今日は無いのかなと思ってたのよ!」


 大喜びの瑠璃……なんだけど大丈夫か?嬉しさの余り琴美であること忘れてないか?


「僕からのサービスだ。お母さんの代わりに食べてね」


「ありがとーございます!」


 大丈夫、忘れてなかった。


「しかし、本当によく似ている。瑠璃ちゃんが帰ってきたようだよ」


 少ししんみりするダンディー三上。うんそうね、実際帰ってきてるからね。


「ありがとうございます三上さん。瑠璃も入院中何度もここのモンブランとヨーグルトムースを食べたいって言っていたんですよ」


「そうか。そうだったのか……もう一度食べてもらいたかったなぁ」


 三上さんは言葉に詰まってしまった。その目は少し潤んでいる。それを見た俺も何も言えなくなる。


「おいしー!」


 あ、そうだった!目の前で食べているのは瑠璃だ。もう一度食べてもらいたいも何も、めっちゃバクバク食ってるじゃん。


 何だこのシュールな状況……

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