第5話 憑依のシステム

「さてと、まずは片付けをやりますかぁ」


 腕まくりしながら気合を入れる瑠璃。


「えっ、ちょっと待って!誕生日パーティーの途中だったのだけど……」


「げっ!そうか、そうだったわね。このままパーティーが中止になったら琴美に泣かれてしまうわね。……仕方ない、今日のところはこれでドロンします」


 忍者のように指を組んで悪戯っ子のような表情になる瑠璃。絶対そんな格好する必要ないだろと呆れている間に、琴美に戻ったと感じた。もちろん瑠璃のときも顔は琴美のままだが、表情や纏っている空気のようなもので判別できた。


「こ、琴美!大丈夫か?」


「んぇ?あ~パパ?あれ?ママは?」


「えっ!?」


「今ねママが来てお話してたの」


「そうか、ママが来てたのか」


「ねえ、ママまた来る?」


「ああ、きっとまた来るよ。だから今はケーキ食べようね」


「うん!ケーキ食べる」


 取り分けたケーキを頬張る琴子。こんな晴れやかな顔を見たのは久しぶりだと気付いた。やはり琴美にもだいぶ無理させていたんだと、今更ながらに気づかされる。


「琴美、このケーキ食べたら、ちょっとだけ部屋のお片付けしようか。ママがまた来たときにこのままだと、パパが叱られてしまうから」


「うん、わかった!ケーキもういっこ食べていい?」


「ああ良いぞ。このチョコレートも食べていいぞ」


 嬉しそうにケーキを頬張る琴美を見ながら、次に瑠璃が来たら何を話そうかと考えていた。





 翌日、土曜日なので俺も琴美も一日フリーだ。俺たちは朝ごはんを食べた後、ソファーに座りのんびりしていた。


 いつもなら朝から家事をしているところだが、昨晩のうちにある程度片付けたので今日は洗濯をするくらいでよかった。


「なあ琴美、昨日、ママが帰ってきたときのこと覚えているか?」


 瑠璃が戻ってきたことを琴美は理解していた。瑠璃は、憑依している間の琴美は寝ているような状態と言っていたが、それだと少し話がおかしい。なぜ琴美は瑠璃の存在を認識できたのだろう。俺はそのことに寝る前に気付いてアレ?っとなった。


「おぼえてるよ。ことみ、ちゃんと聞いてたもん」


 聞こえていたのか。つまり寝てたわけじゃないんだな。瑠璃が来たらその辺ちょっと聞いてみるか。


「ねぇパパ、ことみもママとお話したい」


「だよな。ママに出来るか聞いてみるよ」


 俺だけ瑠璃と話しているのは琴美に悪いもんな。琴美だって俺と同じくらい瑠璃に会いたかっただろうし。でも憑依しているがわが憑依された側の人間と話せるのか?


 そんなことをダラダラ考えながら、まったり時間は過ぎて行った。




「私もケーキ食べたい!」


 いきなりソファーの上に、むんっ!と立つ琴美。


「え!?なに?琴……瑠璃か?」


「そう!瑠璃です!昨日食べてたケーキ、『ルブラン』のでしょ?私も久しぶりに食べたい。具合悪くなってからずっと食べてないし」


『ルブラン』は大学生のときに瑠璃がバイトしていたケーキ屋だ。俺が家庭教師のバイトを終えて、ルブランに行って瑠璃のバイトが終わるまで待つのがルーティーンだった。待っている間に食べるケーキが美味しくて、食べ過ぎて夕食が入らないこともよくあった。オーナーの三上さんとケーキ談義をするのも楽しかったな。


 瑠璃が病気で寝たきりになったとき、「ルブランのヨーグルトムースとモンブランが食べたい」とよく言っていた。「病気が治ったら食べに行こうな」と宥めていたが、瑠璃が死んだ後に、やっぱり食べさせておけば良かったとかなり後悔した。


「琴美の体で食べて味分かるの?」


「分かるわよそりゃ」


 何当たり前のこと言ってんの?って顔された。いや、こっちは憑依なんてのは初めてだから、何もわからないんだって!


「あっ、そうだ。瑠璃に聞きたいことあったんだ。琴美もママと話したいんだって、それって出来るの?」


 さっき琴美が言ってたことを思い出し、瑠璃に聞いてみた。


「さっきの話ね。んーっ……この状態じゃ無理ね。私が誰か他の人に憑依すれば話せるけど、そう簡単に憑依できる人って見つからないのよね。波長とか合わないと、憑依しようとしても弾かれてしまうのよ」


「そうか、難しいのか。なんか俺ばかり瑠璃と話しているのも悪いような気がしてな」


「大丈夫よ、琴美が寝ているときなら夢の中で会えるから」


 そんなシステムなのか。


「あと、瑠璃が昨日現れたことも琴美知ってたぞ?寝ていたわけじゃないんだな?」


「まあそうね、説明が難しかったから『寝ているような状態』と言ったけど、本当に寝ているわけじゃないわ。眠っているけど半分目覚めているって感じかな。周りの音とか聞こえるし、考えることもできるわ。完全に起きているときほど明瞭じゃないけどね」


「そうなのか。じゃあ、あまり変な話はできないな」


「変な話って?」


「だからその、新しい嫁を探すとかの話だよ」


「それは大丈夫よ。だいたい女の子って6才でも『女』なのよ?ある程度のことなら大人の事情も理解できるわ。あまり子ども扱いしていると嫌われるかもよ?」


 ニヤニヤと意地悪い顔を見せる瑠璃。


「それは勘弁してくれ!琴美に嫌われたら生きていける自信がない」


 想像するだけで気持ちが萎える。


「フフフッ。でもそうね、込み入った話の時は琴美が完全に寝てしまってからの方がいいかもね。その時はそうするわ」


「お願いします……」


 瑠璃は、仮定の話で落ち込んだ俺をちょっと楽しそうに見ていた。


「それでは、今からケーキを食べに行きます!」


「唐突だなぁ」


「ほらっ!準備して!」


 ほれほれっと手をひらひら動かし俺を急かす。瑠璃は昔から、思い立ったら即行動!の人だった。

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