第4話 嫁さん探し
しばらくして、俺が落ち着いてから瑠璃と改めて話を始めた。と言っても目の前に座っているのは娘の琴美なのだが。
「それで瑠璃、どういうことなんだ?お前、成仏してなかったの?」
「成仏って!古臭い言い方だなぁ。いやまあ、ちゃんと向こうの世界に行ってたんだけどね、役所の人に散々ごねたら『んじゃあ、ちょっとだけ戻りますか?』って言われてさ、戻って来たわけ」
「役所?えっ、向こうの世界にも役所ってあるの?」
衝撃の事実。
「んーっ、役所ではないけど役所的なところ?って感じかな。とにかく特例で戻れたのよ。ほらっ、私かなり若くして死んだじゃん?しかも良い子で可愛いし、役所の人も同情してくれたみたいなのよ」
「マジか、そんなことあるんだ……」
「それはともかく、今日は琴美の誕生日なの?ロウソクが6本……琴美は6才になったのね。向こうだと時間の流れが曖昧だから、私が死んでどのくらい経ったか分からなかったわ。そう、もう二年以上経ったのね」
瑠璃はそう言って、テーブルの上のケーキを見て少し寂しそうな顔をした。
「瑠璃、琴美はどうなっているんだ?」
瑠璃に憑依されている娘の状況が気になった。
「大丈夫、今は寝ているような状態よ。私が琴美に悪い影響を与えるわけないじゃない。でもそうね、あまり長い時間憑依していると琴美の体が疲れてしまうから、一日一時間くらいにしないとね」
「そ、そうか。よくわからんが、琴美が大丈夫ならそれでいいよ」
瑠璃を疑ったわけではなかったが、ちょっと安心した。
「それでコウくん、彼女とかできた?」
グイっとテーブルに乗り出すようにしてニコニコしている瑠璃。
「んなわけないだろ!まだ二年だぞ、彼女とかそんなの考えたこともないよ」
なんなら毎晩お前を思い出して泣いてたわ!女々しすぎるから言わないけど。
「……それ、まだしてたんだ」
瑠璃は俺の左手薬指を見て、困ったように眉を寄せた。
「外せないよ」
「そんなのしてるから彼女が出来ないんだよ。もう外したら?」
「いやいや、付けてても外しても同じだって。こんな奴の彼女になろうなんて奇特な人間は後にも先にも瑠璃だけだし」
「んもう!コウくん、またそんな事言って!その気になればちゃんとモテるんだからね、自信を持ちなって!」
「いやホントにもういいんだって。俺は瑠璃だけで十分だよ」
「コウくん……ダメ!それはダメ。コウくんにはこれからも人生が続いて行くんだから、この先ずっと一人なんて寂しすぎるわ」
「なら瑠璃が生き返ってくれよ!俺は瑠璃じゃなきゃダメなんだよっ!」
思わず言ってしまった本音。たぶん今の俺の顔はひどく歪んで不細工だろう。
「……ごめんね。私もそうしたい。でも無理なの、どんなに願ってもそれだけは無理なのよ……」
俯き悲しそうな声の瑠璃。あぁ、久しぶりに会ったっていうのに……俺はバカだ。
「俺の方こそごめん。無茶言ってしまったな。瑠璃を困らせたかったわけじゃないんだ」
「うん、わかってる。でもその気持ちは嬉しいわ。死んでも変わらず想われ続けているなんて、女冥利に尽きるってものね」
「お前、昔から妙に古臭い言葉使うよな」
「おばあちゃん子だったからね。その影響かな?それよりもコウくん、本当に気になる人とかいないの?」
「いないよ。忙しくてそんな余裕もないし」
「ああ~、そうよね。この部屋見ればなんとなく察しが付くわ」
そう言って呆れたように室内を見渡す瑠璃。部屋の中はあちこち物が散乱し、脱ぎ散らかした靴下やシャツなどが落ちていた。キッチンには洗っていない食器や、分別できていないゴミが山と積まれている。
「いや、違うからね?今日は金曜日で、毎週土曜日にまとまって家事をすることにしてるんだよ?だから今日が一番散らかっている日なんだよ?いつもはもうちょっとマシだから」
「男が言い訳しない!」
「うぐっ……」
ピシャリと叱る瑠璃に何も言えなくなる。
「まあ仕方ないか。コウくん昔から片付け苦手だったもんね。物も捨てられないし」
「す、すみませんです」
小さくなる俺。死んだ奥さんに叱られるなんて、世界中で俺だけじゃなかろうか。
「やっぱり新しいお嫁さんが必要かなぁ。このままじゃこの家、ゴミ屋敷になっちゃうかも。井上さんにも迷惑かかるだろうし」
うちはマンション3階の角部屋だ。なのでゴミ屋敷にでもなったら悪臭とかで隣の井上さんご夫妻に迷惑がかかるだろう。って、ゴミ屋敷とかにはさすがにしないけど。
「仕方ない!新しい嫁さん探しを手伝ってやりますか!」
むんっ!と両手の拳を握り気合を入れる瑠璃。琴子の体でやっているので可愛さしかない。
「えっ?もしかしてこうやって現れたのって、俺に新しい嫁さんを探すために?」
「まあ、嫁までは行かなくても、彼女くらいは見つけてやろうかと思ってるわ」
「そんなの……瑠璃は平気なのか?」
「……嫌に決まっているじゃない。コウくんの隣に別の女の人が、なんて考えると悔しくて寂しいわ。でもね、コウくんがこの先も笑って生きて行くためには支えになってくれる人が必要なの。隣で一緒に笑ってくれる人が。私じゃもう無理だから」
「瑠璃……」
死んだ嫁さんにこんなことを言わせてしまう自分自身に腹が立つ。もっと俺がしっかり生きていれば、瑠璃に心配かけずにいられたのに……
「それに、琴美にも母親が必要だわ。まだ6才だし、ちゃんと琴美のことも可愛がってくれるような人を見つけなければいけないわね」
やっぱり瑠璃は最高の奥さんで、最高の母親だった。
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