第3話 憑依

 パパーンッ!!


「ハッピーバースデー!琴美ちゃーん!」


 クラッカーを景気よく鳴らして、琴美を祝福する。二人しかいないから努めて明るく楽しそうにしている。琴美も嬉しそうだ。まぁ、その視線はさっきからジルバネアファミリーのお家セットにくぎ付けだけど。プレゼントは最後に渡すべきだったと反省、来年に生かそう。


「じゃあ琴美、今からロウソクの火を一息で消すんだよ?できる?」


「できるっ!」


 そっかー、こうやって出来る事がどんどん増えていくんだなと、ちょっと感動する。


 部屋を暗くして、ライターでロウソクに火を点けた。


「ふぅ~っ!」


 ふぅーって声に出しながら火を消す琴美は天使だと確信した。


「おめでとー!」


 俺はパチパチパチと手を叩きながら、部屋の明かりを点けるため立ち上がり、壁のスイッチを入れた。


 パッと部屋が明るくなってテーブルに戻る俺。満面の笑みで迎えてくれると思うじゃん?でも琴美は笑っていなかった。真っ直ぐ俺を見上げてこう言ったんだ――


「久しぶり、コウくん。元気だった?」


「……」


「……ふぇっ!?」


 一瞬の静寂ののち、俺は気の抜けた声を出した。頭の中は真っ白だ。この場面で琴美が喋るセリフではありえない。


「な、なに言ってんの琴美?えっ?コウくん?」


『コウくん』は瑠璃が俺を呼ぶときに使っていた呼び名だ。でも琴美が生まれてからは『パパ』とか『あなた』になってたから、そう呼ばれたのも久しぶりだし、もちろん琴美が知るはずがない。


「私よ?わからない?瑠璃です」


 少し口元を歪めながら、訳の分からないことを言っている琴美。


「……琴美、悪い冗談は止めないか」


 自分の声が少し低くなったと感じた。琴美に対して出すような声ではないだろう。だが冗談にしては質が悪すぎる。いくら琴美でもやっていい事と悪い事がある。


「もう!何でわからないかな。私です、瑠璃です!あなたの奥さんだった瑠璃です!」


 さすがにしつこいので、叱ることにした。せっかくの誕生日パーティーが台無しになってしまうかもと思い残念だった。


「いい加減に――」


「城南高校で三年のときに同じクラスになって、勉強を教えてもらって、一緒に上京して、大学卒業と同時に結婚した瑠璃です。プロポーズのときに『一生大事にします、だから一生大事にしてください』と言われた瑠璃です!」


「……なっ!?」


 本当に訳が分からなかった。琴美が知っているはずもない事を、琴美が喋っていた。ただの冗談にするのは無理がある。


 ちなみにプロポーズの言葉は俺が焦って間違えたものだ。本当は『一生大事にします、だから一生隣にいてください』と言うつもりだった。後でそのことを話したら大笑いされたっけ。


「理解できた?不肖、わたくし、恥ずかしながら帰って参りました!」


 と敬礼をする琴美。ネタが古すぎる。琴美が知っているわけがない。二人で昔、ふざけながら使ったネタだった。


「……夢?」


「夢じゃない」


 夢じゃないなら、俺がおかしくなってしまったのかもしれない。でももしかしたら……


「……本当に?本当に瑠璃なのか?冗談とかじゃなく?」


 ガクガクと全身が震え、大量の汗が噴き出てきた。


「うん、ホントにホント。琴美に憑依したの。しばらくこっちに居るからよろしく」


「……瑠璃っ!」


 瑠璃だ!そう確信した俺は考えるより先に琴美の体を力いっぱい抱きしめた。


「ちょっ!痛っ!骨が折れるって!幼児の体なんだから加減してよ!」


「あっ!ごめん!つい……」


 慌てて手を放した。


「まあ気持ちはわからんでもないから許す。私もまた会えて嬉しいよ!コウくん!」


 あぁ、この話し方、この笑顔、本当に瑠璃なんだ。顔は琴美のままでも俺には分かる。間違いなく瑠璃だ。


「うぅ~っ、瑠璃~っ……」


 目からとめどなく涙が流れだす。ついでに鼻水も。


「わかったわかった。とりあえずお顔拭こうか」


 近くにあったティッシュを抜き取り、俺の鼻水を拭きとる瑠璃。大泣きしている大人の男が、幼児になだめられているこの絵図ら、ちょっとヤバくないか?と頭の片隅で思ったが、今はどうでもいい。とにかく嬉しかった。色々疑問はあったが、もう二度と会えないはずの瑠璃にまた会えて本当に嬉しかったんだ。

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