第6話

俺に一喝されると、男は転がるようにして表へ出て良き、そのまま走り去った。

ちなみに呪いを掛けたというのははったりである。本当に呪いをかけるとあの男では命を落としかねないからな。

まあ、宝剣の話や俺に呪いを掛けられた話などはそもそも信憑性がないのだから信じてもらえないとしても無理はない。

脅しが効けば当然の対応も呪いによって信じてもらえないと思い込んで反省を促すこととなろう。謝りに来ればもっともらしく呪いを解いてやるさ。


「あの男のことはともかくとして、宝剣については気にかかる。あれは師父の宝貝であったはず。何故かの湖に沈むことになったのか、それに誰が噂を広めたのか」


仙人は己が作り出した宝器である宝貝の管理は厳重にしているくせに、信じられないような些末事で紛失することもある。

中には出来が良すぎて己の意思を持ち、人に変じてふらりと出歩き帰ってこなくなったなどということさえあるのだ。


「よもやと思うが、この剣を連れ帰れというのが師父の意図ではあるまいか。この目でしかと見なければ断言は出来ないが、師父の宝剣で斬岩の剣となると『裂空破山の剣』か。巌を斬れる程度の切れ味の刀剣であれば他にも数振りあったはずだが、占いを通して感じた宝剣の気配は強大だった」


師父の宝剣で上位五剣と称していた、木火土金水の五気になぞらえた刀剣がある。

そのうちの一振りであり、その一撃は空を裂き、山を破るという代物が裂空破山の剣である。

「破山の宝剣ならばよく土行に克つ。つまりは木行の宝貝であり、たっぷりと陽の気を溜めた湖で水気を得れば即ち水生木。水を得て育つ大樹が如く、宝剣もその力を増すというものか」


これって師父が自分の宝剣を育てるためにかの地に沈め、その回収を俺に押し付けたという話じゃあるまいな。


「だが、師父の宝剣であれば他の者の手に委ねるわけにもいかんしな。いささか面倒ではあるが、回収しに行くしかあるまい」


溜め息ひとつでそう決めると、軒先に留守を伝える札をさげて家を発つ。


土遁を借りて邁進すれば、一刻の後には件の湖へとたどり着いた。


「ここまでくれば確と感じる。これは師父の気だ」


沈んでいるのが裂空破山の剣か別の宝剣かはまだ断定できないが、とにかく湖の中央の最も深い水底に沈んでいるのは間違いない。


「では行こう」


そんな言葉で己の背を押し、俺は湖へと歩を進める。

足が水に浸かり、腰、胸、肩と浸かって行けば最後に頭まで湖に浸かった。

聞きしに勝る美しく澄んだ水は視界を妨げず、五気を知り操る術を知る我が身は平野を歩くが如く確かな足取りで湖底を進む。


(さすがに湖の奥底までは陽の光も届きづらいか。なら、明かりを灯すべし)


俺は光気を集めて拳大の塊とする。白々とした光を発する塊は、暗い湖底を照らすのに十分だ。


光気塊で照らしながら湖底を進むことしばし。

最も深き場所で、佇むかのように突き立つ宝剣を発見した。

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