第5話
「道士先生はご在宅か? ご在宅であれば、是非とも占って頂きたい」
「道士は私だが、先生と呼ばれるほどの徳はない。だからかしこまる必要もない。さあ、何を占えばよいかな、お客人」
答えて顔を出せば、そこには年は若いが上背があり良く鍛えられた肉付きの青年がいた。
「では道士殿。俺が占ってほしいのは宝剣の在り処だ。俺は西の門の番をしている兵士だが、ある旅商から宝剣の噂を聞いたのだ。人より大きな巌すら容易く真っ二つにするというその宝剣が手に入れば、俺はもっと大きな邑の大将軍にだってなれるはずなのだ」
ああ。なんて分かり易い男だろう。
誰とも知れない旅の商人が仕入れた小話を真に受けて、あろうことか忘恩の立身を図るなど、身の程を知れと言いたい。
「占うことはしよう。だが、その話が真実とは限らないし、よしんば宝剣を手にしたとて立身出世はその者の器量による。宝剣といえど所詮は道具。神威を発露し巌を切り裂くか、枯れ枝すら切れぬ鈍らとなるかは使い手次第と心得られよ」
俺の言葉に男は鼻白む。自身にとっての都合の良い夢想に冷や水をかけられたとでも感じたか。
どこまでも見込みのない奴だ。望む宝剣がたとえ神仙の鍛えし宝貝であったとしても、この男が使い手ではむしろ剣にその身を操られるがせいぜいだろうな。
「俺は御託を聞きに来たんじゃない。早く占って俺に宝剣の在り処を教えろ」
態度を豹変させ、語気荒く大きな声を出す。
もはや断っても良いのではないかと思いもしたが、俺自身も宝剣とやらに興味がわいた故に石を投げ、指を折り、陰陽の気を解き、八卦を読む。
「ほう。宝剣は与太話ではないな。松林の荘、その南の湖の底にて相応しき剣士を待っている。天地を自在とし、日月と寿命を同じくする大仙が鍛えた斬岩の宝剣故、認められし勇士でなければ目にすることすら叶うまいよ」
仙界の修養で学んだ邑の名は数多あり、今世で松林の荘といえばこの地より馬を走らせて十日の距離にある『海松荘』であろう。
あの邑も四神相応の吉祥地であり北に山、南に湖、東に河、西に道とそろっている。
かの地の湖は水晶に例えられるほど澄み渡る清水を湛え、山より降ってきた陽明の気を受け止め留めるに適当である。
しかし龍が住まうと語られるほどに深い湖の底に眠る宝剣となれば、正しく選ばれた者にしか手にすることは叶わぬだろう。
「松林の荘だと? しかも宝剣は湖の底だって? おい、道士。おまえは俺に剣を奪われまいとして嘘を並べたのではないだろうな!」
得難いと知って気分を害したのであろうが、暴言を以て侮辱されたとあっては灸を据える必要があるだろうな。
「おい、門番。俺はお前の無茶な願いを聞き入れ誠実に占い真実を伝えたのだ。それが己の意に沿わなかったからといって、よくも嘘つきと侮辱したな。屈辱は雪がれなければならない。だから俺はお前に呪いをかけるぞ」
そう言うと俺は指を弾いて鳴らした。
とりわけ大きく音が鳴るよう弾いたので、男は腰が抜けたように転がり尻をつく。
「さあこれでお前は俺の呪いに掛かったぞ。お前は俺を嘘つきと侮辱した。だからお前は話を信じてもらえぬ不幸に見舞われる。さあ、出ていくがいい!」
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