第2話
珠月荘という名の邑が一番近かったので、俺はこの邑に取りあえず落ち着くことにした。まあ、流れの道士だと名乗り、軽く占術を披露すれば空き家のひとつも貸してくれるというものだ。
「道士先生はおられるか?」
空き家を整え、拠点として使い勝手を良くしようとしていたところへ声が掛けられた。居留守を使うかとも思ったが、縁には必ず因があるものだ。
「私がその道士だが、先生と呼ばれるほどの徳はない。名を蒼真月というので呼びやすく呼ぶといい。して、貴公はどなたかな?」
顔を出してそう告げる。出入り口の前に立っていたのは良い仕立ての服を着た壮年の男性だ。蓄えた髭も整えられており、身分のある者であろう。
「私はここ珠月荘の長、珠幸と申す。蒼道士に、折り入ってご相談したきことがあるのです」
やはり邑の長か。護衛の者も連れず、身一つで道士を訪ねての相談事となると、他者の耳には入れたくないような内容ということか。
しかしこの人物からは悪徳の気は感じられない。悪巧みの相談ではないようだな。
「では長殿。茶を入れるので中へ入られよ。ゆるりと茶飲み話を交わすのもよかろう」
そう水を向けると珠幸殿は黙して一礼し、屋内へ入る。
あばら屋に椅子などという上等なものはない。茶卓に湯呑を置き、そばに置いていた急須を傾ければ香りの良い白茶が注がれる。
「これは・・・。火の気もなしに淹れたての茶が出るとは、蒼道士の秘術ですか?」
「秘術などと。ただの嗜みにすぎない小技ですよ。して、相談事とはいかなることかな?」
床に置いてあった急須から湯気の立つ茶が出れば驚きもあろうが、これはしょせん驚きを与え腕の立つ術士であると思わせるためのわかり易い演出に過ぎない。
人の世には舌先三寸の詐術を持って道士を装う輩もいるというし、腕前だけでも信用できると見せた方が良いだろうと思っただけのことだ。
「はい。実は、裏山にある先祖の霊を祭る祠に怪しげな気配を放つ石が空より落ちてきまして。それから三日、石が放つ気配に当てられてしまい祠に近づけないのです」
空から石が降ってきた、と。しかも強い気配を放ち、人を遠ざけてしまうとな。
「なるほど面妖な話だ。この邑は地の相が良く、北の山にて祖先を祭れば千年の栄華が約束される。その祭りを妨げるとなればただの石とは限るまい。どれ、まずは正体を占って進ぜよう」
俺は指折り占い、吉凶真贋を詳らかにしてその正体を顕かとする。
「ふむ。これは北の山の気に惹かれた石喰鳥が、濁穢の気に塗れた石を運び落とした代物だ。石に纏わりし邪気を祓えば祠は取り戻せよう。ただ、石の邪気に当てられたであろう石喰鳥も祓わねば同じことが繰り返される」
「なんと。では、蒼道士にご助力を願えませぬか」
珠幸殿の頼みに、俺はわざと腕を組み思案する様子を見せる。
師父の話から、こうした事柄を解決することを通して人と関わり、世の理を識るのが俺が下山した理由となる。
ならば断る理由はないが、軽々に引き受けるというのも組みし易い人物と取られかねないからな。
「――まあ、良いでしょう。長殿には流れの道士にすぎない私が家を借り邑に滞在することを良しとして頂いた恩もある。祠を塞ぐ石も、それをもたらした石喰鳥も、ともに祓って進ぜよう」
「ありがとうございます。どうか、よろしくお願い致します」
そう言って深く頭を下げると、珠幸殿は安堵の表情で白茶を飲み、晴れ晴れとした様子で帰路についた。
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