道士・蒼真月伝
Fの導師
第1話
人の世と異なる幽境霊山の一角にある茅葺の小屋に、俺は一人で住んでいた。
俺の名は蒼真月。見習い仙人――道士である。赤子の時に山に捨てられていたらしく、それを見つけた仙人が拾って育ててくれたのだ。
その育ての親であり師父にあたる人は「黄央天君」という人物だ。
のんびりとした印象を与える風貌をしているものの、その正体は仙道三教の教主に比肩すると謳われたほどの大仙人らしい。
ただまあ、本人から名前が仰々しいので「黄央龍」と呼ぶよう言われている。仙人世界で名が知られすぎているので隠しておきたいのだろう。
そんな師父とは十五の時までともに暮らし、仙人としての修業をつけてもらっていた。そして、基礎的な部分を修めたと認められ、師父からは時期が来るまで不干渉、俺にも一定の力の制限を設けるという約定を立てたうえで一人暮らしをするよう言われ今日に至るのだが・・・。
「星が動き天の命が定まれば即ち動く時期というものです。それに、私は明確に時期を口にしたことはありませんよ?」
人の思考を読んだような答えが返って来て、俺は声の方を振り向いた。そこには金糸の刺繍も鮮やかな道服に身を包んだ男性――師父の黄央龍が立っていた。
「その辺はもういいです。文句を言ったところで仕方ないし。それで、一体何事ですか?」
言いたいことは実際には山積みである。ただ、何をどう言ってものらりくらりと受け流されてしまう。おそらく言えば言うほど鬱憤と憤懣は溜まっていくだけだ。ならば我慢できるうちにさっさと本題に入ったほうがいい。
「性急ですねぇ。まあ、やる気があるうちにこちらも言っておきましょう。
―――弟子、蒼真月に告ぐ。速やかにこの地より離れ、人界へ降りるべし」
「本気ですか? それはあれですか、俺には昇仙は無理だから人の世で富貴を得よとかいうやつですか?」
突然の追い出し宣言としか聞こえない師父の言葉に思わず突っ込みを入れてしまった。本来の仙人における師弟関係を考えれば、黙って拝命するのが常識だろう。
しかし俺と師父との関係性においてはそんな礼儀など知ったことではないのだ。
「いいえ。あなたは間違いなく昇仙の気骨を備えていますから、環俗して人の世の栄華を浴する必要なんてありません。道士として、あえて紅塵に塗れて世の理を識る糧としなさいと言っているのですよ」
師父はとても真面目な態度でそう言った。
これが一般的な師弟であれば即座に跪いて叩頭の礼を行い師を称える場面だろう。
だが、俺はこの人からは危険な予感しか感じないのだ。
いちいち真面目な態度で接してきていること自体がもうすでに胡散臭い。
「ただ一介の道士として人の世を見てこいというだけなら、師父はもっと軽い態度で言うでしょうし、それこそ紙一枚で伝えて終わりというほうがしっくりきますよ」
そう答えながらも、俺は出立の準備を始める。
どうせ訊いたところで教えてはくれないのだから。
師父曰く、「知りすぎるということは己が思考を殺し、成長を阻む悪手となる」だそうだから。
それになにより、弟子に拒否権などない。
俺は不満を貯め込みすぎるのが嫌だから適度な発散として愚痴を言っているだけで、師父から指示された時点でこの地を離れ人界へ向かうことは決定事項なのだ。
「人の世の道士は能く占い、また妖怪変化を退けるを生業とするそうです。君はその辺り、得意でしょう? 上手く人の世の道士として振る舞ってくださいね」
まあ、確かにそんな話も聞くな。衆生の悩みを占うことは仙界で星を読み解くより容易いし、人界をねぐらとする妖怪変化の類い程度なら片手間で屠れよう。
「それでは、行ってまいります」
そうこうする間に支度を整え、俺は師父の前を辞して霊山の麓へと瞬時に移動したのだった。
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