十五話


 アスターとブイズが担当者から話を聞いている中、コラス達はロビーで時間を持て余していた。ザ・サミットとは違い金銭制度を維持してきた萩之楼では、今の彼等はジュース一本買う事が出来ない。シャルはソファーに寝転び両脚をばたつかせて、少年と互いの覚悟を貶しあっていた。


 そこに近付いてくるは高尚な身形をした一人の男。更に後方では堅苦しいスーツ姿の集団が待機していた。彼はシャル達を「あまり他人を否定するものではない」と諭すと、懐から取り出した鈴を鳴らした。


 その鈴の見た目はコラスが預けられたものに酷似していて、音色はコラスの鈴より音階が高く透き通るように響いた。そして千二百七番は迷い無く男の元へ駆け寄る。


紳士な訪客「旅は順調なようだね。何よりだよ」


コ「――貴方は?」


 コラスの質問に男は、シャルと少年へ小遣いを渡して使いを頼み、千二百七番をその護衛として出払わせた。


紳士な訪客「君は情愛深いご両親の元に産まれてきたようだね。(懐から写真を差し出して)――これを。君が追放されたその日の夜に書面を頂いてね、そこに同封されていたものだ。私より君が持っていた方がいいだろう」


 そう言って写真を手渡した男は戻ってきた千二百七番へコラスと同行するよう指示して、随行員達と共に役所を去った。


 質問に真正面から答えてはもらえなかったコラスは、受け取った写真を一心に見詰めた。写っていたのは家族三人――学校の入学式後、校門に立てられた「祝入学」の看板を背にして父親と母親、そして大の字で自慢げに制服を見せ付ける少年。


 コラスが写真に写る少年を自分であると認識出来たのはその容姿からだった。彼は記憶に無い場所や出来事、親らしき人物が写った写真を貴重な資料としてポーチに仕舞い込んだ。


 そこにアスターの言葉の意味を理解する為のヒントがある――そんな予感がして、コラスは就寝前にもその写真を見詰めていた。


 彼等が拠点周辺に縄張りを主張した異形の狩猟へ乗り出したのは、朝から晴天も疎まれる程の猛暑となった翌日だった。アスターとブイズのみ先方から渡されたチョーカーのようなものを身に付けて、六人は郊外へと向かった。


AIruアイル「おはようございますフルートさん。先程から仲間の方々が星暈圏外で異形と戦闘を行っています」


フ「ふーん……あんたも興味あるの?」


AIru「勿論です。今回政府が皆さんへした要請は私の演算に影響を受けて思案されたものですから」


 萩之楼を統括している人工知能―― AIru。彼、又は彼女は接した相手の心理を分析して相手が最も話しやすい姿を取る。時として人以外の生物になる事もあればタオルなど道具の姿にもなり得るのだ。


 今日も子供の姿で現れたAIruにフルートは注文していた情報を求めた。並の情報なら立ち所に教えてくれるAIruに対して彼女がわざわざ昨晩会いに来たのは、とある事件を再び調査してもらう為だった。


 再三再四に渡って調査してもらう程に彼女が諦められない事は一つだけ――星暈関連の情報を削除した「黒幕」が居るかもしれないということ。


 星暈の名は他地方の言葉で無数に輝く星々の光暈を表している。作り上げた当人にはそれが量産され人の拠点に配備される事で、何れ地上の星となる未来までが見えていた――少なくとも作り上げた時までは。


 今のAIruからは自らが作り上げた筈の星暈の名の由来さえ出てこない。どんなに問い質しても納得のいく返答は得られないと他の研究者達が見切りを付ける中で、フルートだけは未だにAIruの元へ通い続けていた。人工知能の暴走で片付けるには腑に落ちない点があったからだ。


AIru「申し訳ありません、星暈という名称に関連した情報は当拠点の結界装置が同一名である事以外には有りませんでした」


フ「知ってた。それじゃあこの拠点の来訪記録見せてくれる?」


 現在時刻までの来訪者の名前や目的、居住地などを閲覧したフルートは此処にも目新しい情報が無い事を確認する。


 彼女はそれから暫くの間、これまでの訪問でもした質問を繰り返したり自身の研究への助言を求めるなどしていた。特に行き詰まっている量産兵の研究についてはAIruへ結晶のサンプルを渡して何度も助言を求め、彼女は人工知能との共同研究感覚で事を進めてきていた。


 そうして来訪記録に載せられるような表向きの用事を済ませると、いよいよ本題へ。フルートはAIruが起こした「誤作動」について分析結果を求めた。


 その誤作動とは、当時の状況を仮想して星暈と全く同じ物が作れるまでを演算すること。まるで星暈をタブー視しているかの如く新たな情報としてそれを取り入れる事すら拒むAIruに対し、彼女はその演算の重要性を事細かに説き明かして、結果彼女の要求は誤作動という形で実行されたのだ。


 石頭で然る可き人工知能のAIruをフルートが説き伏せられたのは、星暈という名が残されていたからこそ。自らがそれを名付けたと知って記憶の奥深くに個別で眠っていた「星」と「暈」の文字を掘り起こし済みだったAIru。フルートはそこに当語学や萩之楼の外で生きる人の実情、罪人が秘める聖痕という可能性、彼等を送り出している地下の上層部とAIruとの目的の類似、そしてコラスという少年に見る人類の渇望を挙げる事で協力へとこじ付けたのだった。


フ「地下のお偉いさん方が意図的に作れない安全圏をあんたは作り上げた。この拠点に一つ作ったところでボケた奴等がザ・サミットにも作ろうと言わなかった。ここまでは合ってるわね?」


AIru「はい。演算結果、議事録共に相違ありません」


フ「それじゃあ……この世界線に繋がりそうな因子は?」


AIru「少々お待ちください。――『星暈建設後の議事録取得』が当て嵌まりました。尚、これにより不急の懸念事項として『極度の閉鎖的国家を形成する可能性』『人同士の戦争に加担する可能性』が生じています」


 当時萩之楼で政治をしていた者達の議事がきっかけで、AIruの独断により星暈を削除するに至った世界線はあるか――それを問うフルートの語気はつい数秒前までの会話で見せていた音調から低まっていた。


 彼女は脚を組むと乗せた方を頻りに揺り動かして、背もたれに両腕を回し凭れ掛かる。


 質問の答えを聞いた彼女の苛立ちはこの日一番に達した。人工知能に独断での情報処分を検討させる程の事柄が議会で審議されていたのは間違いなかった。しかし議事録を閲覧したところで平均五割、酷いものだと全文が塗り潰された海苔弁となっている為、審議されていた内容の全てをフルートが知る術は無い。


 彼女の要求を聞き入れて演算を行ったAIruも流石にこればかりは犯罪に当たるとして議事録の黒塗りにされた部分を開示しようとはしなかった。


 当時の政治家の誰一人としてこうなる事が想定出来なかったのかと、腑が煮え返る思いでフルートは質問を続けた。


 因子として取り上げられた「星暈建設後の議事録取得」と、それによって生じた二つの可能性――彼女は星暈が消去された根底にこれらの可能性が存在していたのではないかと仮説を立てていた。そして火種となる議事録を提出し続けた当時の政治家こそ黒幕なのではと、彼女の疑心は最高潮に達した。


 だが結局何処までいっても演算を駆使した仮想である事に変わり無く、真犯人が居たとしてその者を問い詰めるだけの証拠も碌に集まらない。


 フルートの黒幕探しは今回も失敗に終わった。とはいえ人工知能相手に彼女が他の誰も叶わなかった質の情報をやり取りする事に成功したのも事実だ。


 彼女自身もそれを理解していて立ち直りは早かった。


フ「あんたの代わりに私が処分しておくから、誤作動で得た演算データ全部渡してくれる?」


 極論ではあるがフルートは星暈の作り方さえ分かってしまえば、犯人が誰で何の為に消したかなどどうでもよかった。星暈を普及させてはならない理由があったとして、それが目下絶滅の瀬戸際にいる人類の窮状を押し退けるには値しないと彼女は考えていた。


 異形との共存をも模索しながら縄張りを隣り合わせにして生きる今日こんにちの彼等。いつ格上に踏み荒らされるやもしれぬ恐怖も、可視化された縄張りに窮屈な思いを抱く事も無い理想郷の実現まで、嘗てない程に近づいていた事をコラス達が知ったのは依頼を完了し合流してからのこと。


 任務も終わってみればアスターとブイズが狩猟数を競い合うくらいに余裕で完遂された。その間二人が身に付けていたチョーカーのような器具について先方が正体を明かす事はなかったが、フルート曰くアスター達の動きをAIruが観測していた事からモーションキャプチャーの類いではないかと推測していた。


 全研究者が喉から手が出る程欲している情報に迫ったフルートは萩之楼の目論みどころではなく、身に付けていた当人達はというと至って前向きだった。人が戦っている動きを記録する目的が一つしか浮かばなかった彼等は、モーションキャプチャとは何かを問う子供達にいつの日か戦わなくても良くなる技術であると説明した。


 強くなりたいと同行をせがんだシャル達が成長して、異形と対峙出来るようになったその頃には屍の山を築いているかもしれないアスター達の模造兵。それは人類にとってとても望ましい事であり、復讐を掲げるシャルには正義の元に問答無用で獲物を奪っていくであろうその存在が野生人のようでもあった。


 萩之楼を一通り観光するに困らないだけの金銭を辞退した一行は、依頼を終えるとすぐにザ・サミットへ発った。それは金銭が無ければ此方の拠点に長居出来ないから――自ら留まれない状況を作らなければ何れ帰りたくなくなる程に、萩之楼は安全地帯なのだ。








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