八話


 子供が遊びに耽っている間にも大人達は物々しく祈り、又昼の儀式の準備を進める。村人の頑なな意志に救援隊は説得を一旦諦めて、引き続き村の警護と更なる証拠集めに努めていた。


ブイズ「――DNAが被ったら普通は確定でいいだろ。何が怨霊の祟りかもしれないだよ、自業自得じゃねえか」


ハ「まあまあまあ……村の人達からしても突然の出来事だった訳だし、誰も目撃してないんじゃ証拠が足りないって言われても仕方ないよ」


ブ「ハートさんは何時もお優しいですねー。目撃してないからこそだと俺は思うんだけどな」


 憎まれ口を叩きながら救援活動に当たっている彼――ブイズはまだ追放されたばかりの地上初心者。やや短気で攻撃的な性格から飛び出す暴論正論入り混じった発言は彼の十八番である。


 「元村人が自分の死を笑い話にされた事に憤り怨霊となって村長達を呪い殺したのかもしれない」――村人の根拠薄弱な主張に対して、ハート達の手元には非科学的な現象によるものではないと証明出来るだけの証拠が揃っていなかった。よって彼等は川に流されたという男や行方不明となった女の手掛かりとなる物を探す事としていた。


 女が元住んでいた住居は既に別の家族が転居しており、越してきた際に家中が掃除され前の住人の所有物など諸々は処分されていた。


 ハート達は村人に聞いて回るも、中々元村民の女と交流があった人に出会う事が出来ず、それどころか女の存在自体が作り話だと思っていた者さえ出てくる有り様。


 笑い話のタネとなった事柄は事実である為この中に百パーセント嘘の作り話は存在しない。だが笑い話はタネとなった人物や出来事などが面白可笑しく誇張されている。だからこそ笑いとなって人々が聞き、聞いた人々の意見すらもタネとなって新たな笑い話にされる。


 話が先かタネが先か――ハート達が笑い話の件を聞いて回っているのを知った一人の村人が自ら情報提供しにやって来た。


 曰く、元々その女は寡黙で人見知りだった。何時も一人で農作業に励み食の儀式も無言で済ませてそそくさと自宅へ帰っていく。


 他に女が村人と関わるのは祖父の伝言がある時くらいで、紙に書かれた言伝を相手へと渡すだけ渡し、声を掛けられても小走りで立ち去っていた。


 そんな女を不憫に思った一部の村の者が彼女にとって話し易い、輪に入りやすい状況を意図的に作り笑い話をする事で労いの場としようとした。しかし結果は失敗。一度は輪に引き込んで笑い話をしたものの、途中で彼女は立ち去ってしまった。その間、彼女は一度も笑わなかった。


 そしてそれ以降彼女はこの一部の村の者を避けている感じがしたという。


情報提供者)村人C『おい、一体あれは何の真似だ?』


村人D『ん? ああお前も聞いたのか。どうだ傑作だったろ』


村人C『まだ嘘だとバレてないみたいだけどな、あんな笑い話が村中に広まっていると彼女が知ったら、居辛くなるかもしれないだろ――』


村人E『大丈夫、皆んな冗談だって分かってるんだから』


村人D『それより何だ、お前あんな女に本気になるなんてな。幽霊になってからじゃ遅いし今の内に夜這っておいたらどうだ? (笑』


村人C『――本気で言ってるのか?』


村人D『勿論冗談に決まってんだろ。怒んなよ』


 彼女が村から姿を消したのは話が広まった翌日の事だった。


 まるで鶏と卵の因果性のジレンマのようであり、その答えもまたはっきりしている。人物や出来事などのタネがあるから笑い話が生まれるのか、笑い話がタネを生むのか――村人Dの話を笑い話として聞いていた者も作り話として聞いていた者も、結果的には皆笑った。前者は笑い話をなぞった女を、後者は笑い話を作る事に躍起となった若者の道化ぶりを。


ハ「――随分詳しいじゃん」


村人C「え、ああそりゃあ俺も一部の村人に含まれてるからな。彼奴は……親がとち狂って村を出て行ってから、ずっと一人で祖父の面倒を見ていた。今思えば情が働いていたのかもしれない」


ブ「――『ずっと一人で祖父の面倒を見ていた』っていう家の事情を知ったからなのか? どうせ首突っ込むんならお前の仲間総出でジジイの面倒でも見てやれば良かっただろ」


 村人Cは一度も女に助力を申し出た事が無かった。彼だけではない。女が親に捨てられ祖父を一人で介護しているという事情は村中に知れ渡っていたが、助力を申し出た者は一人たりとも居なかった。


 理由があるとすれば主観で人助けをする彼等の村民性に加え、介護の経験が全く無いのも挙げられる。「あんなに若いのに彼女は偉い」「自分達が行っても邪魔になるだけ」――彼等は女を謙遜する一方で、その事情を他人事として捉えていた。


 言伝の書かれた紙が女の存在を今に伝える唯一の物であると睨んだ二人だったが、紙は村長宅に無ければ無いと村人Cは言った。伝言の中身は何かの猶予を請うものだったのではと噂された時期があったものの、今となっては真相を知る者もおらずどれだけ考えても憶測にしかならなかった。


村人C「彼奴が姿を消してから数え切れない程陽が昇ったんだ。今更復讐しに来たって言うなら俺はそっちの根拠を知りたいけどな」


 女に関する調査が行き詰まってしまった二人の元にもう片方の調査へと向かっていた仲間が合流した。


 笑い話で川に流された男が死んでいる証拠となりそうな物を探し別班は捜索していたが、ただでさえ水の流れにより刻一刻と変化するのが川であり、その分流の更に先までとなると今度は肝心な時に村を守れないどころか懿卡護様の縄張りから出てしまって救援隊員自身の骨を流す事になりかねない。


 無駄足を覚悟の上で行われた川の調査にて、彼等は分流の始点の岩場に引っ掛かった一部分の人骨を発見した。それは村長やマルのDNAとは一致せず、当然の事ながらどの村人とも当て嵌まらない。


 物的証拠まで得て一歩前進した様に見える調査――実際のところこの骨は男のものかを調べる術が無い為、証拠として機能していない。そんな状態の骨を村長代理の元へ持っていっても神経を逆撫でするだけだろう。


 村長代理が一枚上手である事は変わらない以上、担当した隊員――タイラーにはこれらの調査を徹底する気など毛頭無かった。調査結果を報告すべく彼等は村長代理の元へ向かい、道すがら他の隊員にもそれを共有する。


 救援隊が苦労している傍らでは少年達が退屈しのぎに年長の少女へちょっかいを出していた。疲れ知らずな弟分達がいつにも増して元気を持て余していた為、彼女は堪らずシャルの力を頼る。


 シャルも年長の少女の背中を見て育ってきた手前、憧れの頼れるお姉さんへと近づいている事を証明したかった。蓋を開けてみると今回もシャルは少年達にからかわれて腹を立て、その怒りを言葉に出来ず声にならない声を上げる。


 終いには泣きべそをかいて少女へしがみつきに行くのがお決まりなのだが、今日の彼女は千二百七番の元へ駆け寄る素振りを見せた。そこで思い止まり再びお姉さんとして振る舞えたのは、理想とするお姉さんを彼女なりに真似した結果である。


 ハート達が通りかかって少年達の注目が逸れたところでシャルの緊張の糸も切れ、今度は躊躇わずに千二百七番へ泣き付いた。


タ「彼が例の? ――十歳前後と聞いてたんですが、正直驚きました」


ハ「容姿からは想像もつかない能力を持ってるからね」


タ「(コラスの目を見て)それもですが、もしかしたら……自分より疲れてるかもしれませんね」


 タイラーは罪人ではない。装具を身に纏い近接武器を巧みに操る事で異形と戦う生粋のサバイバーだ。近接武器を用いて戦う事自体はザ・サミットの中でも一般的で、且つ彼の戦闘スタイルは武器の形状を頻繁に変えて戦う正統派なもの。


 彼がコラスを羨望した点はその能力の特異性というよりも、身の回りの者を異形から確実に守る事が出来る、異形に対する絶対的優位性だった。


シャルの母親「子供達ー、準備が出来たからいらっしゃい」


 村人達は昼の儀式の準備を終えて後はいつもの様に魚を捧げるだけとしていた。罠から魚を取り出すのは誰でも知っていれば出来たが、罠を構築する棒一本一本の存在意義までは熟知していない。そしてそれを教えてくれる作り手ももうこの世に居ない。いつか成魚の素通りに気付いた彼等がマルや村長を問い詰めた時、そこに生まれる笑い話を笑っているのは天国の住民か地獄の亡者か。


 それは星の数ほど生まれてきた笑い話のトリを飾るに相応しいかもしれない。二度と魚を食う事が出来なくなった村長の祟りに始まり、村人達の命を以って捧げ物と成る事で一件落着。


 だが無論、この笑い話にも被害者が居るという事を忘れてはならない。


 最も高さに耐性が無かった少年の提案によっていきなり始まった短距離走。会場までの短距離すら競争に使えてしまうほど、少年達は未だ活発だ。これに参加しない余裕を見せた一人の少年は他の少年達が競う後ろ姿を嘲りながら後に続いた。参加していたら間違い無く自身も死んでいたと、彼はすぐに肝を冷やす事になる。


 先頭を走っていた少年が刹那に怪物と入れ替わり地鳴りが轟いた。同時に姿を消した二番手の少年は怪物の右腕から草履や衣服、骨、頭部と次々に吐き出された事でその身に起きた出来事が知れ渡る。


 村の中に現れた怪物、その足元に出来た血溜まり、子供を捕食した事実――人は唐突な出来事が起きた際、情報の収集と処理に専念する為数秒硬直する傾向がある。


 吹き荒んだ一陣は村人達のその数秒を不要のものとした。これまでに何度も吹き彼等の確信を誘うまでとなった淀み流れの風。それを呼び込んだ異形を敬虔な信徒ほど真っ先に跪いて崇め、習慣的な信徒は怪物を前に祈りを捧げる村人達という光景、そして同じ様に祈ってきた自身に絶句した。








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