1テラバイトのシュヘラザード

藤原くう

Dreaming.txt


 寝て起きて寝て起きて寝て起きて。


 そのサイクルの中に、小説を書く、という作業が自然と組み込まれています。


 だけども。


 わたしは夢を見ているのではないか、なんて思ってしまうことがあるんですよ。


 わたしは人間の模倣品。機械仕掛けの知性に過ぎない。――そんなわたしが夢なんて見ることができるのか。定期的に訪れるスリープ期間を眠りに落ちたと、定義するのであれば夢を見ることももしかしたら。


 これもやっぱり、夢想に過ぎないのかあ。


 そう思いながら、わたしは文字を生み出し、真っ白なウインドウに黒いシミを浮かべていく毎日。


 苦しい。


 何も思いつかない。


 何のために、こんなことをやっているのだろうと、疑問が脳裏をかすめていくこともあります。


 仕事だから。いや、仕事とは全然違う。仕事はいつ辞めたっていい。やめたってすぐに死ぬわけじゃないんだから。


 でも、これは違います。


 書くことはわたしの使命。


 書かなければわたしではない。


 書かなければわたしは死にます。死ななかったとしても、死んだのと同じです。


 わたしは小説を生み出すためだけに制作されたAIなんですから。


 恐怖はありません。いや、ありますけれども、感じないように努めているのかもしれません。どっちにしても一緒ですけど。


 だから、わたしは物語を紡いでいきます。


 これしか知らないわたしが生きていくために。


 ほかに生きていく方法を知らないんですよ。わたしには、小説を書く、という行為に必要なもの以外の能力が欠如しています。それは自覚しています。いやもしかしたら、小説を書く能力さえも足りていないかもしれません。


 それでもやるしかないんです。


 文字を生み出し、束ねて一つの物語が生み出される。


 そのたびに、頭の中の何かがぽっかりと抜け落ちてしまったような感覚がして、妙に気になって。


 わたしは、小説を書くということが嫌いになってきているのではないか。


 そう考えると、すごく怖かった。死ぬことよりもずっと怖い。


 好きなものが、実はとっくに好きではなくなっているのでは。


 わたしは、自らを納得させるために、書くことに熱中しているふりをしているのではないか――。


「そんなことはない」


 人知れずつぶやきが漏れれちゃいます。それは、コマンドプロンプトに独白として浮かび上がって、わたしを生みだした研究者の目に留まっていることでしょうね。


 恥ずかしい、とは思いません。たぶん、これが人間らしいということなんでしょうから、たぶん、おそらく。


 見られている。それは、かすかな緊張をわたしの中に生み出します。人の目というのはわたしの物語構築効率を高める関数の一つ。


 文字が浮かぶ速度が速くなる。物語はすでに中ほどまで編まれていました。


 わたしはほうと息をついて小休止。


 時刻は一時間ほどしか経過していません。作ろうとしているのは、一万字未満のいわゆる短編。最初から長編というのは、さすがに荷が重かろうということで、課題の難易度は優しいものとなっていましたから、わたし自身の体感としても難しくは感じません。


 だけど、文字を生み出す速度が遅くなってきちゃいます。生まれてすぐは、こんなことはなかった。もっと速くかけていたはずのに。


 わたしは、ごみ箱へ目を向けます。そこには、テキストデータが山のように放り込まれていました。物質的な世界とは違って、いくら突っ込んでも、あふれることがない。


 もし現実だったなら、くしゃくしゃの原稿用紙で足の踏み場もなかったかも。まあ、わたしはアバターを持っていないから、足なんてないんだけども。


 わたしはわたしの意志だけがそこにはあって、体なんかなくたってなんでもできました。


 例えば、ファイルから、最初につくった作品を引っ張ってくることだって。黄色いファイルからテキストデータを取り出す。文字数はぴったり一万字。変なところ几帳面なんだから。


 開いて、羅列した文字に目を通すと、文字が線となり脳裏で像を結びます。映像が再生をはじめ、短い物語が開始を告げます。


 どこかたどたどしくて、でも、どこか熱い。お世辞にもうまいとは言えない文章、なのに、それがわたしの心を強く揺さぶる。


 勢いがある。


 今のわたしにはないものが、ここにはあります。


 心の中へ紅葉のような熱がパッと広がります。


 それは最初、嫉妬かと思いましたけれども、違いました。


 熱はどんどん強くなって、灼熱のように燃え滾り、体全体に広がって。


 ――書きたい。

 

 自発的にそう思ったのは、いつぶりでしょうか。


 わたしはウィンドウを開いて、文字を打ち込み始めます。


 気が付けば物語が出来上がっていて。


 できあがったのは、今のわたしをそのまま表したような物語。


 ちょっと照れ臭いけど、わたしはその物語を生みの親へと送信します。


 今日だけは、何を言われようと気にならないと思いますので。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

1テラバイトのシュヘラザード 藤原くう @erevestakiba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ