第19話 白鋼がしたいこと

 ポーラは配管と剥き出しの金属プレートで囲まれた広い部屋にいた。人を招くには飾り気がないが油で汚れ雑多に塗れた部屋よりはマシだ。白鋼は外との交渉を行うため身なりを整えているが多くの部員は外観にあまり興味がない。精密機械に影響を与えないよう清潔さを保っているが、人によっては油と汗に塗れ形容し難い存在感を放つのがここ魔導装甲開発部であった。


「改めてごめんねえ。色々あって誘拐することになっちゃったあ」


 飲み物を手渡しながら白鋼はポーラに謝罪する。速度に任せて運ばれたことはだいぶ手荒な扱いではあったが、誘拐されたと言うには扱いは酷くない。拘束はされていないし、甘く温かい飲み物はとても美味しい。金貨争奪戦に割り込んだので持ち物を取られるものかと身構えていたが鞄を取り上げられることもない。実力が全く追い付いていないので警戒する必要がないと言うのもあるが、武器もそのままだ。

 白鋼の当初の予定では話し合いの最中に参加して、色々とまぜっ返してやる予定だったのだが、到着する頃には戦いが始まってしまったため、仕方なしにぶち壊すことになってしまった。ポーラに興味があるだけならば決着がついたああとにポーラを連れてくればよかったのだが、黄金卿、聖皇女の興味が向いている今の方が丁度良い。

 人生には潤いが必要だ。なるべく多くを巻き込んでより刺激の強いイベントを開催する、あとでめちゃくちゃ痛い目に遭うのは分かっているが、白鋼の目的のためには許容できる範囲である。


「新人ちゃんは黒鉄について何か聞いてるう?」

「いえ、すみません、最近始めたばかりで誰かもよく知らないです」

「そうなんだあ」


 椅子に腰掛けながら白鋼はコーヒーを啜る。語尾を伸ばす癖もあって、白鋼との会話にはどうも深刻な気配がない。ポーラが何も知らないと知って少しだけ驚いたようだったが、背もたれに寄りかかって上を見る。


「黒鉄って見た目は真面目で寡黙で職人肌な感じなんだけどお、中身はだいぶ適当なやつなんだあ」

「はあ」

「それでもこの世界ではロボ作りのパイオニアで、圧倒的なプレイ時間と知識量からトップ13人になっちゃうような、ある種の天才なんだあ」


 今まで見て来た既知外達は、見た目でそれとわかるような感じはなかった。会話しているとヤバいやつという圧を受けるのだが、黒鉄も似たようなものなのかと想像しながらポーラは続きを促す。


「そんな黒鉄なんだけど200年くらい前から平和にもなれちゃって開発は停滞気味、新しい発明もしなくなっちゃったんだあ」

「はあ」

「他の奴らはあんまり気にしてないんだけどお、私としては輝いていた頃の黒鉄に戻って来て欲しくてねえ」


 ため息を吐くように語られるその声に少しづつ、嫌な感じが混ざりだす。

 適当に相槌を打つ。白鋼は気にしていないが、もしかしたら声も震えていたかもしれない。


「だからさあ、新人ちゃんを引き金にちょっと世界を揺るがせて黒鉄の頭をぶん殴ってやろうかなって」


 白鋼も永くを生きるプレイヤー、世界と自分を天秤にかけて自分を選び取れる才能がある。

 ポーラは違和感に気がついた。白鋼はどうもポーラを見ていない。存在を認識しているが、一個人としてのパーソナリティにさしたる興味がないのだ。ポーラを使って引き起こす何かが目的なだけで、それが達成できるなら別にポーラでなくても構わない。


 お昼に何を食べようか、そんな軽いノリで世界に混乱を引き起こそうという白鋼を前にして、ココアの甘味も苦く感じた。

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