第12話 着替え中の会話

「ポーラ様は運がよいですね」


衝立越しに着替えながらポーラの話を聞きながら、少女ロウ改めミフナロウに出会ったことについて、ファスカはそう言った。

ポーラとしては自分のせいでクリスタルになってしまった事に罪悪感を抱いていたし、すぐに再生できなかったことに申し訳なく思っていたのだが、ファスカ的にはそこはどうでも良かった。

ベルトルーガ商会の従業員になった時点でファスカの人生はベルトルーガのものだ。ベルトルーガから見ればただの使用人に過ぎないかもしれないが、ファスカから見れば偉大なる主であり、彼からの使命が果たせるかどうか、それが1番大事だった。


「もしクリスタルが壊されていれば私は蘇生できませんでした。プレイヤーの方々はクリスタルが破壊されませんが、私のような者はクリスタルの魔力を吸い上げられれば砕けます」


この命結晶の耐久は『魂の強度』と呼ばれている。命結晶の魔力は吸い出して使用できるのだが、結晶化した者が強ければ強いほど引き出すのにより大きな力を要求される。一般的な魔物のクリスタルはエネルギー資源として利用される一方、プレイヤーの強さはその中で最大級であり少なくとも現段階でエネルギーとして利用する手段がない。その硬度を利用しようという取り組みもあったが、一定以上の力が加わると一定期間消え去ってしまう現象のため、蘇生を拒んだクリスタルは聖教会で保存されている。


もしファスカのクリスタルが黒虎に食われていれば、エネルギーとして消化され、文字通りこの世界から消え去っていた。もし実際にそうなっていればポーラはどうなっていただろうか。少なくともここで会話ができるような状況ではなかっただろう。時間が解決してくれるかもしれないが、心に大きな傷を負っていたに違いない。


「気ままに出歩かれることに従者としては同情致しますが、ポーラ様が守られたことには感謝しかありません」


ファスカの結晶化には間に合わなかったがそれでも運が良かった。

こうして話すことが出来なくなった可能性もあった事を思えば、ミフナロウのタイミングは悪くなかったのだろう。ファスカの表情は柔らかく、話している内容に嘘はない、ポーラはそう判断して話題を切り替えることにした。


「『徴兵』ってスキルがあったけど、騎士系のって言ってたんだ。職業ってどうやって選ぶの?」

「ミェルケト様ですね。職業は何ができるかで決まります。自分の方向性を示す基本職は自由に名乗ることができ、上級職は職業ギルドがスキルに応じて認可します。地域ごとに権威が異なりますので絶対ではありませんが、正しく認可されているのであれば、職業で使用できるスキルは分かります」


例えば、ファスカが普段名乗るとすればベルトルーガ商会の従業員になるが、戦闘に関する職業で言えば拳闘士を名乗ることが多い。要は前衛職であると言うことだ。幾つか補助魔法を使えるが上級職として認可を受けるレベルではなく、魔族領を闊歩できる程度の実力はあるが、そう言った強さと職業は完全にリンクしていない。


「スキルは幾つかに大別されるのですが、魂に刻まれるもの、陣を用いるもの、技術によるものが主となります。おおよそ陣を描いたり、魔力を使ったりは魂に刻まれる術式によるものですので根本的には一つのスキルなのかもしれませんが」

「僕の魂にも術式は刻まれてるのかな」

「私の知る限りプレイヤーの方は当たり前のように持っているようですが……。ここは魔族領です、戦闘に偏ってはいますがスキルに関して最前です。金貨の争奪戦が終わったら、ポーラ様の状況確認も含めてミフナ様にお願いしてみましょう」


着替えも終わって、衝立の奥からファスカが現れる。

メイド服から変わって、シャツにジャケット、ショートパンツと動きやすそうな格好だ。今までスカートに隠れていた、ポーラのようにやせ細った脚と違い適度に肉付いたしなやかな白い足が眩しい。カチューシャは白のフリフリから、銀色の細いものに変わっている。


「そういえば髪の毛が切られながら結晶化したら蘇生した時にどうなるの?」

「状況によります。ただ増毛、育毛薬はありますので必要ならそれらを使って整えればいいのであまり気にしてはいないんじゃないでしょうか」


そういうものか。

正直にいえば髪のことはどうでも良く、ただ話を続けていたかっただけだ。改めてファスカが目の前に立っていることに目の奥が熱くなり、いつまでも心が落ち着かなかったのだが、こんなに感動する性質だっただろうか。


そんな2人にお付きの女性からおずおずと、ミフナロウが辛抱できずに先に闘技場へ向かったことが告げられた。


「ミフナ様のところへ向かいましょう」


不安げな顔をしたご主人様ポーラの手を引いて、ファスカは屋敷を後にした。

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