第11話 蘇生

 魔族領首都、壬生菜。

 四魔公選出戦が行われるこの地は、街の中に大きな闘技場が存在する。街への被害が発生しないよう最高峰の結界が起動可能で、天井こそないが雨天でも雨を弾く。緊急避難場所にも指定されており壬生菜の名物の一つであった。

 領主の館から歩いてすぐの場所にあり、年中様々な催しに利用されている。幸いほん実の予定はなく、ミフナロウは魔神権限で利用することを決めた。


「黄金、聖女、主らは観戦していくのか?」

「いえ、私は帰ります。勝てば金貨をルルケに渡してください。ルルケ、勝敗に関わらず終わったら連絡くださいね」

「俺も城へ戻る。ここには当分来られないので結果だけ教えて金貨は保管していてくれ」


 2人とも当初の予定の優先順位を繰り下げてまでこの街に来ている。当人にすることがない以上長居する理由もなかった。


「その前に、ポーラさん」


 いままでもずっとポーラの後ろに立っていたクルーエルは、やはりポーラの知覚できない速さで前へと移動すると、目線の高さを合わせるように屈んで手を差し出した。


「蘇生、先にやってしまいましょう」


 ポーラが鞄からクリスタルを取り出してクルーエルに手渡す。クルーエルは微笑んで、少し後ろに下がるとクリスタルを放り投げた。

 ポーラが驚いて文句を言う前に、クリスタルは宙で光を放つ。

 ファスカが消え去った時の光景を巻き戻すかのように、クリスタルから粒子が現れてそれは人の形となる。黄金卿が兵士を作り出した時のような陣はなく、ポーラにはクルーエルも特段何かしたようには見えなかった。ルルケはメガネの奥で少しだけ目を輝かせていたが、ネゴンの顔はは僅かに驚きで歪んでいた。

 おそらく何かすごいことが起こっているのだとだけ理解して、ポーラは考えを放棄する。そして粒子が消えて、ファスカが目を開けた。


「随分大変な目にあったのね」


 クリスタルは死亡時の格好も保存するが、肉体の再生と異なり装備の修復は行われない。胴体を分割されたファスカは胴回りの布が破けており、腰でどうにかスカートを支えている状況だった。

 クルーエルは自らの羽織っていた祭服をファスカに被せて、ミフナロウの方へ向く。


「服、用意してあげてね」


 それだけ言って、クルーエルは部屋を出て行った。


 蘇生したファスカは、眼前に広がる光景から何が起こっているかをおおよそ把握した。

 蘇生時は意識の暗転直後に目覚めたような感覚である。寝起きのように薄ぼんやりとした頭で、死亡前後の周囲の変化が大きくなると混乱する。混乱はするが、ベルトルーガ商会の人員としての教育はそれらを乗り越える力である。

 目の前で涙目のご主人様ポーラを見て、困ったように微笑んだ。


「ファスカ、ごめんなさい……」


 震える声で、開口一番謝罪の声をあげてファスカに抱きつくポーラ。

 スカートが落ちないように手で押さえているため片手でポーラの頭を撫でる。


「生きてて良かったよぉ」


 実際に死亡しているのだから『生き返って良かった』が正しいのだが、ポーラにとっての死は永遠の別れであり、再生できるのであればそれはまだ生きている。そのうち慣れてしまうのかもしれないが、今はとにかく生きていたことを喜ぶ。


「あれ、ミェルケトさんは?」


 しばらく泣いてようやっと落ち着いたポーラが涙を拭って辺りを見渡すと、ルルケは何か微笑ましいものを見るような目をしていたが、そこに鎧の男はいなかった。


「主が泣いとる間に出て行ったぞ。霊薬をおいて行ったから景品が増えたな」


 ミフナロウの指差す先、机の上には、見覚えのある瓶が一本立っていた。


「よし、それじゃあそいつを着替えさせてとっとと闘技場へ行くぞ」


 ミフナロウが指をパチンと弾くと、何人かの女性が入ってきて、ファスカからポーラを引き剥がす。別の部屋で着替えさせるためだ、ポーラとしては離れ難い気持ちであったが仕方あるまい。


「僕もついてく」


 ファスカの羽織った祭服の裾を掴んで、ポーラは少し俯いている。女性たちは困った顔をしていたが、ファスカはそんな彼女らを見て少しだけ首を横に振る。


「ポーラ様、私がクリスタルになっていた間何があったのか教えていただけますか」


 態度も見た目相応に幼い子供をあやすように、ファスカはポーラの手を引いて部屋を出ていく。


「見た目に引き摺られている? それとも本当に幼い?」


 2人が出て行った扉を、ミフナロウは睨む。

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