第10話 それじゃあ

 黄金卿と聖皇女に挟まれたポーラ。

 ポーラは強さとか脅威とかはわからないが、パーソナルエリアに踏み込まれただけとは思えない落ち着かない気持ちである。


「魔族領じゃし、ここはいっそ2人が戦って」

「却下です」

「断る」


 言い切る前に否定されミフナロウは口を尖らせる。

 当時からPvPが趣味で、今なお戦いに興じるミフナロウと違い、ミェルケト、クルーエルは忙しい。忙しさのベクトルは全く異なるが、なんにせよ長く拘束されるわけにはいかない。

 トップクラスである自負はあるが、ルール次第で容易に傾く天秤であり、ルール無用で戦えば余波で何がどうなるか分からない。特にクルーエルは1000年前ならいざ知らず、安定した現在に不和の種を蒔くことを良しとしなかった。


「そうは言っても、この状況でポーラに決めさせるのは酷じゃろ」


 面白全部で焚き付けた手前、御破算となるとミフナロウの今後が面倒くさくなる。別にそれはそれで構わないのだが、貸しとしてつまらない要求を通されるくらいならば、禍根が残るかは別にして何某かの着地点を見繕わねばなるまい。

 そんなミフナロウの目に、気配を殺して傍観者に徹していたルルケが入り込んだ。

 ステータスを見る仕組みは存在しないが、ミフナロウは長年の経験からおおよそ強さがわかる。昨日は自分にとって脅威おもしろいかどうかでしか見ていなかったが、絶対値として決して弱くない。そも魔族領なる力を至上とする地域で聖教会を任されるほどの人物である、それなりに腕が立つのは当然であった。

 見た目はどこかおっとりとした妙齢の女性であるが、見た目と強さが一致しないことなどこの世界では当たり前のように起こり得る。

 少女の姿をして戦魔神と冠されるミフナロウこそ、その代表である。


「黄金の、お前そこそこに強い兵出せ」


 ミフナロウはとても良いことを思いついた。黄金卿と聖皇女が忙しいならば代理を立てればいいじゃない。聖皇女は超持久戦を得意とするがある種の例外である。クルーエル自身が戦わなければそこまで時間はかからないだろう。

 騎士系の職業スキルに『徴兵』がある。なんの騎士かによって代償となるコストが異なるが、『黄金騎士』は所持金を消費しコストに応じた兵士を召喚することが出来る。

 これがあれば代理決闘が出来るではないか。


「断る」

「はあん? なんでじゃ、別に今更銅貨でも銀貨でも減ったところで金貨にはならんじゃろ。7000万くらい出せや」


 ミフナロウがルルケにつけた価値は7000万。

 これだけの金額があればそれなりの傭兵団すら雇用できる。1人につける金額としては破格ではあるが、湯水のように装備に施設にアイテムにスキルに金を使ってきたトッププレイヤーからすれば出せない金額ではない。『アバルカジアの霊薬』に比べれば桁二つ違う。

 しかし、ミェルケトは首を縦に振らなかった。


「ミフナさん、ミェルケトさんゲーム内で1度しかお金を使ってない筋金入りですよ」


 ミェルケトはきんが好きだが、かねも好きだった。


「はぁ? 領地は定期的に金払うじゃろ。あ? じゃあ主5兆の領地を一括で買ったのか?」


 ミフナロウはPvE、PvPを主戦場としており経営関連の情報は疎い。黄金騎士の転職条件が王国に領地を持つことは知っていたが、クランで所有していればよく、分割も可能であり魔族という取り巻きがいるミフナロウは金だけ出して後は人任せにしていた。

 ミェルケトは元々PvPに出て来ず、ミフナロウも大して興味を持っていなかったため今まで知ることはなかった。


「アーウェンの金狂いは有名人でしたのに、ミフナさん知らなかったんですね」

「戦闘に関係ない生産、経営、研究はチェックしとらんかった」


 1000年の間もミェルケトは金がらみで事件を起こしたことはあったが、大規模な戦闘行動を起こしておらず魔族との接点は極めて少ない。ミフナロウはミェルケトは金が好きという知識だけで呼び出したが果たして良かったのか。

 面倒臭さを極めて正しく認識しているクルーエルは、ミフナロウが知らずに地雷を踏みにいったことを今更認識したが、わざわざ自分から面倒を背負い込んだのはミフナロウであるため気にしないことにした。


「時喰らいの討伐でも3兆かからんかったのになぁ。いや今それはいい、黄金の、金はワシが出してやるからここで呼べ」


『通話』で連絡をとってしばらく、部屋の扉が叩かれる。

 ミフナロウの許可を聞いて、ネゴンが広蓋に大きな金属の丸板を乗せて部屋へと入る。枚数は7枚で、1枚あたり1000万の価値があるのだろう。ミフナロウの合図を受けて、それはミェルケトの前に差し出された。


 ミェルケトが丸板を掴むと、空気が揺らいだ。

 ミェルケトの手の上の金属が光の粒子となって空気に溶けていく。宙に描かれた陣が粒子に合わせて光を増し、全ての粒子を吸収し切った時地面へと落ちた。


『徴用・黄金兵士』


 金色の鎧に身を包んだ7000万の兵士が1体光の柱から顕現し、膝を突きミェルケトに首を垂れる。それはいかにも幻想的であった。


 ポーラは言葉を失ってその光景を眺めていたが、唐突にバキンと木の砕ける音が部屋に鳴り響いた。ポーラの瞬きよりも短い間でミェルケトの剣が振り下ろされており、それは兵士の横の床に突き刺さっていた。

 兵士の前にはミフナロウが立っている。


「貴様アホじゃろ。徴用兵からのドロップはねぇぞ」


 ワシが弾かんかったら7000万が消えたわ、とミフナロウは笑う。


「よく弾けましたね」

「あんだけ殺意剥き出してればそらな」


 ミェルケトは初めて召喚した兵士が金を纏っており、思わず奪い取ろうと動いていた。

 クルーエルは兵士が破壊されればそれを理由に金貨の所有権を主張するつもりで、ミェルケトの行動を予想できてはいたが敢えて見送った。

 ミフナロウはまさかこんな行動を起こすとは露程も思ってもいなかったが、とりあえず殺意に反応して動き、ミェルケトが想定よりもやる奴だと知って笑っていた。


 彼ら3人に比べれば一般人にカテゴライズされるポーラ、ルルケの2人はそんな3人の対応に信じられないものを見た心地だった。

 ネゴンはその強さに強い感銘を受けていた。

 兵士に思考は存在しないため膝をついたままの姿勢で動かなかったが、もし心があったならどう思っただろう。


「まあよい。それじゃあ金貨を賭けて戦って貰おうか」


 ミフナロウの目が光る。自分が戦うわけではないが、3人に視線を向けられて、思わずポーラは鞄を抱え込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る