第9話 白金色のやべーやつ

 聖皇女、黄金卿、戦魔神が顔を合わせる機会はそんなに多くはない。

 大昔にゲームプレイヤーだった頃ならいざ知らず、今では世界の頂点に立つもの達である。政務も何もかもを人任せにして自由気ままに過ごしているミフナロウを除いて、基本的に腰が重いのが彼らだ。

 それがこの場に3人いるこの異常性を、しかしポーラは理解していない。


 丸机を挟んだ3人の睨み合いに声をかけることを憚られたポーラは、緊張からか表情の固いルルケにヒソヒソと声をかける。


「あの……金貨って言ってますけど、これそんなに大切なものなんですか?」


 初期装備のバッグに初めから入っていた金貨、銀貨、銅貨。

 これが経済を回しているのであれば、金額相応の価値は別にして、特別珍しいものではないように思えるが、どういうことか。


「詳しい経緯は当事者から聞くのが1番だとは思いますが、世界中の金の9割超を保有しているのがあの黄金卿ミェルケト様です」


 この空気の中でポーラに声をかけられたことに少し驚きつつ、ルルケは答える。

 この世界が貨幣経済であることは、ここまでの宿の宿泊などで理解していたが、思っていたよりぶっ飛んだ事実にポーラは目を見開いた。

 1000年前、プレイヤーがこの世界の住人になった時、所持していたきんを全て持って空へ飛び去った男、それがミェルケトである。元々はフルグルという国で黄金騎士という職業に付いていたミェルケトは、世界のあり方が変わり金を徴収されることを嫌い国から逃げ出した。


 所持金自体は世界中の各ギルドが相互に価値を担保し数字のみのやり取りが可能であり、ゲーム中に何千万、何億と持っていたプレイヤー達ではあるが、それを実態として持っていたのはほぼミェルケトだけだった。

 金属価値としてはもっと高いものが幾つもあり、伝説、幻想の産物もギルドに保管されているが、逆にそれが金の不足という異常事態を引き起こす。

 金を使用した各種スキルやアイテム制作に大きな制限がかかり、あり方を見直す必要も出た。

 今まで出れば必要に応じて無限に金を入手できたが、現実はそうもいかない。流通量には上限があり、気ままに使用することは憚られた。ダンジョンからの産出もあるがそれにも限界はある。恐らくこのゲーム史上、最も人に危害を加えることなく引き起こした最大の事件であり、命の軽い世界においてはプレイヤーキラーすら生ぬるい大暴挙であった。

 かくして黄金都市という世界百景の一つは莫大な金を溜め込んで今なお空中に浮かんでいる。

 世界中の金が不足したことで混乱が発生し、安定のためにプレイヤーが東奔西走することになったのだが、そんなものはどこ吹く風、とにかく『金』に異様な執着を見せるのがミェルケトという男だった。


「クルーエルさんはその金貨が必要になんですか?」

「はい、癒しの秘蹟を行う魔導具には金を使うものがあるのですが、どうしても数を揃えることができないことが悩みの一つとなっていたんです」


 世界中に広がる聖教会は、癒し手として地域と密接に絡んでいる。その人たちが困っているのならば手を差し出すのはポーラとしてもやぶさかではないのだが。


「ファスカの蘇生を行わなかった理由も金貨に関係ある?」

「直接の関係はありません。ただ一般的な聖教会の癒しでは蘇生する際に力の多くを失ってしまいます。クルーエル様であればそういったリスクなしに蘇生を行うことができますので、金貨の譲渡を目的としてはいますが、その交渉のために最大限ポーラ様に配慮したものと理解ください」


 なるほど、そう説明されれば蘇生を遅らせるには十分な理由である。先延ばしになった事に思うところはあるが、力を失うとなればなるべく万全を期してあげたい。

 そういう説明を最初にしてくれれば良いのだが、あの時は少女ロウ改めて戦魔神ミフナロウがいた。結果としてミェルケトを呼び寄せることになったが、いやだからこそ出来るなら勘付かれないように対処したかったのだろう。


「ミェルケトさん、執着があることは充分理解していますがこの世界に生きる者のため今回は引けません。金を至上とする貴方に対価として差し出せる物はそうありませんが、最大限の対応は致します」

「……」

「相変わらず口数の少ない……、ミフナさんこの事態を引き起こしたのは貴方なのですからしっかりと間に立ってください」


 ルルケから事情説明を受けている間にも3人の話し合い、ミェルケトは黙りっぱなし、ミフナロウはニヤニヤと笑うばかりでクルーエルばかりが喋っている状況だが、は続いている。

 金を譲れはしないがそのために最大限の歩み寄りの姿勢を見せるクルーエルに対し、何を考えているのか兜のバイザーから黄金の眼を光らせるだけのミェルケトでは話は平行線を辿るばかりだ。


「そうじゃなあ。なあポーラ、主はどう思う?」


 傍観に徹していたポーラにミフナロウから声がかかる。

 3人の視線が集中し、横にいたルルケは思わず背筋を伸ばしたが、ポーラは鈍感だ。

 どう思うか、という質問に対して、腕を組み考える。


「そうですねぇ……」


 さも当たり前のように自然体で考えるポーラ。昨日あれだけ疲弊していた姿を知っているルルケとしては信じられないものを見た心地だった。

 そして同時にとても嫌な予感。ポーラは恐らく常識というか知識が足りていない。目の前の彼らがなぜ『既知外』などと呼ばれているかを間違いなく理解していない。


「僕としてはファスカを蘇生してもらいますしクルーエルさんにお譲りするのが良いと思うのですが」


 人々の癒しというのも素晴らしいことだと思いますし、と続ける言葉が最後まで出るより早く、ポーラの視界が一瞬で白くなった。


「これで良いか?」


 低い響くような声に、ミェルケトが自分の前に立っていることに一拍遅れてポーラは気がついた。目の前の掲げられた白金の鎧に握られているのは、淡い水色の液体の入った瓶。


「『アバルカジアの霊薬』不老長寿の蘇生薬だ。これで足りなければさらに用意はある」


 小柄なポーラに対して、長身の全身鎧男ミェルケトが屈むことなく視線を合わせようとすれば、自然と見下す形になる。鎧が光を遮れば瓶、顔と視線を動かしたポーラに影が差し、何よりも圧がすごい。

 視界に入っていないことをこれ幸いに、鎧の男から2歩引いたルルケは、さもありなんと心の中で息を吐く。


「ミェルケトさん、いくらなんでも失礼がすぎるのではないですか?」


 後ろからかかる声。いつの間にか、ポーラの両肩に手を添えて、クルーエルが背後に立っていた。

 今までは机だったけれど、今度はポーラを挟んで鎧の男と祭服の女が睨み合う。


 知覚できない速さで動いた?

 今更になってポーラに湧き上がる、まずいことをしてしまったのでは、という気持ち。首だけを動かして少し離れたルルケに助けてち視線を向けるが、彼女も真顔で僅かに首を左右に振る。

 見捨てられたことはとても辛いが、ルルケを責めることは出ない。ポーラが蒔いた種だ。


 白金の鎧で見えないけれど、多分ミフナロウはニヤニヤと笑っている。

 容易に想像ついた黒髪の美少女の顔を思い浮かべて、ポーラはこのまま倒れてしまいたくなった。

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