第8話 予期せぬ邂逅
ガランガランと鳴り響く鐘の音でポーラは目覚めた。
相当に疲れが溜まっていたのであろう、気が付けば意識を失い、今は窓の外からは陽の光とガヤガヤとざわめく人の声。ぼやけた頭で体を起こすと扉を叩く音が鳴る。
「おはようございます、入っても良いですか?」
「すみません今起きたところで、急いで着替えます、少し待ってもらえますか」
ルルケの声にポーラは答える。シャツにパンツとこんな格好で人前に出るわけにはいかない。髪も寝癖で跳ねているし、最低限の身だしなみは整えておきたい。
「あらあら、そうしたらすまないのだけれどなるべく早くきてもらえるかしら。あなた宛の特急便が到着したの」
先ほどから鳴り響いていた鐘の音は特急便の到着を知らせる警告音だった。
魔族領では生息する飛竜を移動用に運用しているが、調教しているとはいえ巨体で凶暴な生物である。それが街中に入るのであれば万が一に備えて住人に注意喚起を行っているのだ。
飛竜自体は珍しいものではないが、壬生菜から来たとなれば住人の中で話題になる。
野次馬が集まって聖教会の周囲を囲っていた。
鞄を持って部屋を出る。髪を湿らせて手櫛で寝癖を抑えルルケの下へ向かうと、ルルケと話す男が1人。
背が高く、軍服を思わせる服をかっちりと着こなした青年で、ポーラの登場に気づくとギロリと視線を移す。
「君がポーラか。私はネゴン、君を壬生菜へ送り届けるようミフナ様より命を受けている」
えらくハキハキと喋るお人である。ネゴンなる青年は和服では無く、着物を着たロウはやはり特殊らしい。
上から下まで睨め付けられると、心が締め付けられる心地だった。
「あの、寝癖とか、残ってます?」
鏡がなかったので、というセリフは精一杯の強がりから出たのだろう。自分でも何を言っているんだと思いながら、ポーラは無言で見られることに耐えきれなかった。
ルルケはくすくすと笑いながら、ポーラの頭を撫でる。
「いや、私の知っているプレイヤーとは雰囲気が違っていてな。そういう者もいるのか、と思っただけだ」
気にするな、とネゴンは首を振った。
ネゴンの常識ではプレイヤーは祖たるミフナと、それに付き従う魔族、またミフナと同じく既知外どもである。魔族領では特に戦闘に能力を割り振ったものが多く、一見隙だらけ、果たして隙だらけなポーラはとても珍しかった。
「準備はできているな? 問題がなければ壬生菜へ向かうが」
ポーラとしては特に問題はない。強いていうなら身だしなみにもう少し時間をかけたいところではあったが、ネゴンも気にしている節はないし壬生菜に向かうことより優先度が高いものでもないだろう。
ネゴンの合図で、聖教会前に待機していた飛竜が体を下ろす。
それなりに大きく、背に据え付けられた鞍は3人が乗るにも十分の広さだった。
「あれ、ルルケさんも乗るんですか?」
最前列に座るポーラの背後にルルケが座る。
「ええ、ネゴンさんにもさっき了承を得ています」
朝食用にサンドイッチも用意しましたよ、とポーラにカゴを見せる。飛竜の上で食事を取る余裕があるのだろうか。
「いくぞ、飛べ!!」
ネゴンの掛け声に合わせて飛竜は羽を広げて浮かび上がる。
状況が状況でなければファンタジーに心躍っただろう。ただ、今は1秒でも早く壬生菜に辿り着いてファスカを助けたい。ポーラは手綱をギュッと掴んだ。
高さが森の木々を超えて、速度を上げるにつれて風景がものすごい速さで流れていく。何某かに守られているのか、その速さに対して風が顔をに当たったり、体が後ろへ流れることもなかった。
空高くから魔族領を見れば、申貫の街は森の、魔族領の端の方に位置するようだ。
今までの移動距離を超えて、飛竜は壬生菜へと飛んでいった。
飛竜とはこうも早いのか、1時間ほどで森をくり抜くように大きな街へとたどり着き、何匹もの竜がいる街の端へと着陸させた。壬生菜では竜の発着場が定められているようで、申貫のように鐘がなるようなことはなかった。
ネゴンは竜を発着場の人員に預けて、ポーラを目的であるミフナの下へと案内する。
空からも見えていた大きな建物の前までつくと、そこに着物の少女ロウが立っていた。
建物に対して着物がミスマッチであるが、外界とのギャップがいっそ逆にロウの異常性を際立てているような気がしてきた。
「ネゴンご苦労じゃった。ここからはワシが引き継ごう」
「よろしくお願いします、ミフナ様」
ネゴンは大きく頭を下げて、ポーラ達を引き渡す。
そう固くならんでも良いのに、とロウは笑うが、ネゴンが様相を崩すことはなかった。
(ミフナ様?)
ポーラの聞き間違いでなければ、少女ロウがミフナ様と呼ばれた。外面だけ見れば幼気な少女であるが、ロウ=ミフナ様であれば、彼女に子孫がいるわけで。
そういえばプレイヤーは歳を取らない、と聞いた。そういうことなのだろうか。
ポーラは混乱しながら屋敷の中を歩く。
着物の少女ロウに案内された部屋には、見知らぬ人物が2人いた。
「クルーエル様、お久しぶりです」
1人はルルケが頭を下げた女性、聖皇女クルーエル。
幾重にも重ねられた純白の祭服越しでもはっきりとメリハリのついた身体と、顔を覆うヴェールにより表情は窺い知れない。袖は床を引きずるほどではあるが服の端に一切の汚れはなかった。
ルルケ、ポーラに対して軽く袖を振る。
そしてもう1人はフルフェイスの兜を被り一切の露出すらない白銀の鎧の男。
こちらは無言のまま立っている。
ただ、兜のバイザーの奥から覗く黄金色の瞳がポーラを見据えていた。
「ねえミフナさん、どうしてここにこの方がいらっしゃるのでしょう?」
「いやー、聖皇女様が欲しいのポーラの金貨じゃろ? 金と言ったらこの男じゃろ、後々揉めるより今のうちに知らせておいたほうがいいと思ってなあ」
ニヤニヤと笑うロウに対して、クルーエルはため息を吐く。
想定とは違うが、この鎧の男との衝突はいずれ起こったというのは事実である。非常に癪ではあるが、魔族領が問題に介入するのであれば『聖教会』と『黄金都市』で争うよりマシになる可能性はある。
聖皇女クルーエル、黄金卿ミェルケト、そして戦魔神ミフナロウ。
かくして既知外13人のうち、3人がポーラの前にいた。
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