第7話 ルルケ

「実は上からポーラさんに関して連絡が来ていまして、なんでもクルーエル様が会ってお話ししたいと」


 少し困り顔で、聖教会の女性はそう語る。

 伝聞ではあったが白い髪に褐色の肌でベルトルーガ商会の紋様入りの格好となれば確かにポーラを見間違えはしまい。


「ポーラさん、初めまして。私は聖教会のルルケと申します。急なお話で大変申し訳ないのですがファスカさんの蘇生はクルーエル様が行うとのことなのです」


 ファスカの名前も知っている。これはベルトルーガも承知のことだという。ベルトルーガは全ての派遣対象と契約を結んでおり死亡を感知することができる。その件に関してクルーエルと何某かの取引があった。


「ワシは納得いかんなぁ」

「そう言われましても、ミフナ様にも話は行っていると思いますが」


 だが上でどんな話があったところで、それに納得がいくかは別の話。

 ロウがルルケを睨むが、ルルケにはどこ吹く風、困りましたよねと態度を崩さない。


「……理由は?」

「さぁ、私は連絡を受け取っただけですので」

「ポーラ、主なにか心当たりないか? 聖皇女が直接なぞ普通ではあり得んぞ」


 ポーラには全く心当たりがない。

 何か特別な力あがあるわけでもなし、開始早々狼の群れに突っ込んでボロボロにされる程度の実力しかない。

 そもそもクルーエルが何者かもよくわかっていない初心者なのだ。


「ん? いや、ちょっと待て」


 ベルトルーガがプレイヤーと言うだけで見返りなく施してくれたように、新規プレイヤーに対するサポート的な何かではないか。

 その程度しか思い浮かばないというポーラの言に、気になることがあったようだ。腕を組みながら天井を見えあげ、プレイヤーに関する記憶を探す。

 時間にして10秒経つかどうかの沈黙の後、ロウがポーラを見た。


「あー、なるほどなぁ。そりゃあ欲しいわな」


 ロウはニヤリと笑う。それは美少女を吹き飛ばす悪いことを思いついたと言わんばかりの笑みだった。

 様相こそ崩れていないが、ルルケも少し引き攣った笑みを浮かべる。


「ポーラ、明日使いをやる。壬生菜までの特急じゃ。主もそうじゃがも早いところ交渉したいじゃろうからなあ」


『様』付は、とても敬っているようなトーンではなかった。

 何か悪戯を思いついたような、これから行う行為を前に皮肉を込めたような声。


「ルルケ、一晩ポーラを泊めてやれ。これ以上ポーラの心象を悪くする必要もあるまい」

「ええ、それは構いませんけれど」


 よし、と頷いてロウは聖教会を後にする。ポーラがなにか口を挟む隙も無く、扉を抜けて暗闇の中を飛び去って闇の中に消えていった。一瞬で視界から消えてしまったが、それがこの世界の住人の身体能力なのだろう。

 後に残された2人はしばらく黙って立ち尽くしていた。


「じゃあポーラさん、こっちに来てくださる?」


 これ以上立っていても仕方ない、寝室に案内しますわ、とルルケは初めに出てきた扉へと入っていった。

 中にはいくつかの部屋が並んでおり、そのうちの一室への前へと案内される。

 聖教会は大きな建物なのだが、その中に人の気配はない。夜遅くのため寝静まっている、と言うわけでも無く、そもそもとして箱ばかり大きくて構成員は限りなく少ない。

 普段は住民にも開放されており、利用できるようになっているのだが、申貫の街では施設の多くを持て余しているようだ。


「何か変なことに巻き込んでしまったみたいでごめんなさいね」

「ルルケさんのせいじゃないですから。明日にはファスカは蘇生できるんですよね。ならそれでいいです」


 今日は色々なことがありすぎた。

 蘇生できないと聞いた時には絶望もあったし、蘇生が一日遅れてしまうことに心苦しくはあるが、今更何ができるものではない。

 口ではそう言うが、ポーラは目を伏せてルルケと顔を合わせていない。

 そんなポーラを見てルルケは何を言うでも無い、ただポーラを見つめる眼は優しかった。


「体を洗いたいならシャワーはこの奥の部屋にあるわ。タオルはいるかしら?」


 色々なことが落ち着いたからか、緊張から張り詰めていた糸が弛むと、いざ休む段となって異様な疲れを自覚する。

 なんだか今すぐ寝てしまいたい。


「そう。じゃあおやすみなさいね」


 ルルケはポーラを優しく抱きしめる。

 数日森で過ごして汚れているが、それを気にした様子も見せず、ぽんぽんと頭を叩く。

 それだけでポーラは少しだけ心が落ち着いた気がした。


「すみません、やっぱり体を洗ってもいいですか?」

「ええ、タオルはシャワーを浴びている間に置いておくから」


 洗い物はそのまま置いといてくれればいいから、ルルケは微笑んで廊下の奥へと消えていった。

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