第6話 申貫の聖教会
ファスカと2人で森に踏み入ったポーラは、現在ロウという少女と2人で歩いていた。
ロウがただ移動するだけならポーラを抱き抱えて森の上を飛ぶ、もしくはクリスタルにして一気に移動することはできなくないが、ポーラの精神状態を歩くことをロウは選んだ。体力を使った方が気分も紛れるだろうという思惑もあった。
ひたすら歩き続けるなど1000年も経って原始的な、と思わなくもないがロウ1人であればもっと早く移動できるため夜間用の装備を用意していない。
携帯電話でもあれば方位磁針にライトにと、それなりに活躍してくれそうな場面であるが、そういった文明の力を感じられるものはなかった。
「ははは、よくは知らんがこの世界では電波?が安定せんらしいぞ」
ロウ曰く、剣と魔法の世界において物質の安定性はとても脆い。物理法則は魔力によって捩じ伏せられ、一定の効果を得られないのだ。プレイヤーの知る科学技術を再現しようとする集団もいるが、今なおめどは立っておらず、彼らは世界中の魔物を狩っては日々実験に勤しんでいる。
「『通話』『灯光』のようなスキルで大体事足りるからのう。メール?とやらはないので通話ができない場合に備えて連絡を多く受ける奴のそばには連絡係が控えておるのじゃ」
ベルトルーガの元にも多くの使用人がいたが、彼らのうちにもそういった役割を持っているものがいる。通話は連絡先となる相手を知っている必要があるため定期的に顔を繋ぐ必要があるなど、この世界ならではの苦労もあるようだ。
「……一瞬で移動する魔法はないんですか?」
「少なくとも自由に移動できるスキルというのはワシは聞いたことがないな。『収納』を応用して移動できないか試してるやつがいるらしいがどうも安定せんらしい。一応定点間移動の装置はあるがあれは大掛かりでなぁ、世界に5つしかないんじゃ。壬生菜にはあるがベルトルーガには無かったと思うぞ」
ポーラの質問に応えるロウの回答は澱みない。これが当たり前の常識なのか、ロウが凄いのかポーラに判断はできないが、考えたくないことを考えないのにはちょうど良かった。
森を抜けたのは日も暮れ、辺りが暗闇に包まれてからだった。
ロウが作った光源を頼りに暗い中を歩き続けようやっと人工物が見える。
篝火に照らされた限りでは、建物は柵に囲われており一部に石畳こそあるが、全面が覆われているわけでもなく、地面がアスファルトで舗装されていたりもしない。
「よし、それじゃあクリスタルを蘇生させるとするか」
なんということもなく、ロウは見張りの間を通って街へと入っていく。
ポーラもそれについていくが、特に呼び止められたりということはない。ただロウが手を上げて笑いながら声をかけた時のギョッとした顔が強く印象に残った。
見張り役の格好はポーラに近く、少なくとも着物ないしは和服ではない。ロウの格好は魔族領特有のものではないのか、そんなことを考えながら、ポーラは街へと入って行った。
街中では家屋から光が漏れているが、町中を照らす役目の光は少なく、この時間帯に出歩く者もいないらしい。ガヤガヤと湧く大きな建物があったが、酒場かそれに類するものだろうか。
そんな建物の横をいくつか通って、大きな石造りの建物の前へとたどり着いた。
「ここが『聖教会』。クリスタルの管理、蘇生を主に扱う場所じゃ」
聖教会に定時はないらしい、ロウは扉を容赦なく開けて中に入っていく。
入り口のすぐ先はロビーになっており、そこから幾つかの扉が見える。幾つかの光源から中を照らしていて不自由する暗さではない。
あかりは揺らいでおらず、ここに来るまでに泊まった宿と異なり蝋燭を光源としていない。
曇りガラス越しのあかりは柔らかい。
入り口入ってすぐの紐を引くと、カランカランと音を立てて鐘がなる。
ずいぶんアナログな仕組みではありが、石造りの建物には合っている。
扉の一つの奥から音が聞こえて、ポーラは無意識に鞄を引き寄せた。
「こんばんは、こんな夜遅くにどうしましたか? あら?」
現れたのは、ウェーブがかった金髪の眼鏡の女性。
黒を基調としたスカート丈の長いワンピース、修道服だろうか、でストールを羽織っている。
彼女はロウを見た後、ポーラを見て少し首を傾げた。
「うむ、こやつのクリスタルを蘇生してもらいに来た」
ロウはポーラの背をポンと押して前に出す。
慌てながら、鞄を抱えたポーラが前に出て、
「あなたポーラさん? ごめんなさいね、蘇生は出来ないの」
「あ?」
困ったように頬に手を添える女性と、声の温度が一気に下がったロウ。
出来ない、とはどういうことか。
ロウと女性の視線に挟まれて、ポーラは目の前が暗くなった気がした。
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