第4話 魔族領
2、3日馬車に揺られて、鬱蒼とした森を前にポーラとファスカは立っていた。
ここから先は一般の馬車では入っていけない、らしい。
魔族領を主戦場とする運び屋もいるが、それなりに腕が立ち料金も相応だ。
とは言え、首都である
「それでは参りましょう」
ファスカが足を踏み出して、合わせるようにポーラも一緒に森の中へと歩を踏み出した。
初めてこの世界に降り立った時にも感じたが、自然を踏む感触、自然特有の香り、何処から聞こえる虫、鳥の声は、コンクリートジャングルに暮らしていたポーラにとって新鮮だった。
これがゲームであればもっと気持ちよく散策を楽しめただろうが、残念ながらログアウトを封じられた現状、最早異世界転移である。
前をゆくファスカがポーラの歩きやすいよう、地面を慣らし邪魔な木々を退けていることに申し訳なさを覚えるが、そうでもしなければポーラはまともに歩けなかったかもしれない。
スタミナ制が採用されたのは元からなのか、現実と置き換わったからなのか。
木陰は涼しくはあるが汗を止めるほどではなく、普段より激しい呼吸でどうにかファスカについて行っている状況だった。
ファスカが無理な速さで進んでいるわけではない、ポーラがこの速度でいいと少し背伸びをしているのだ。
最もポーラが潰れてしまっては本末転倒であるため、その辺りを考慮してポーラのプライドが許す限りゆっくり進んでいるのが息が切れる程度の今の進行速度だった。
「ダイエットには良さそう」
「ポーラ様は痩せなければならないほど太っているようには見えませんが」
独り言を拾えるほど、ファスカには余裕がある。
ポーラの身体設定は自身のスキャン結果をベースにに肌と髪のスキンを変更しただけなのだが、実際ダイエットするようは体型ではない。
どちらかと言えば貧相で、栄養を取る方が必要だ。
「今日のご飯は美味しく食べられそう」
「良い宿を探しますね」
軽口の応酬はここ数日の間に培われた信頼かもしれない。また萎れたポーラを見ているため半分くらい本気かもしれないとファスカは微笑む。
もっともポーラは追いつくのに必死でそんなファスカに気づかない。
そんなところもファスカの知識にあるプレイヤーとは違っていて、それがなんだか可笑しかった。
それなりに音を立てて進んでいるが、聞いていたような魔族領の脅威はあまりない。
気配を読むことなどはできないため実際どうなのかはわからないが、少なくとも遠くから聞こえる鳥の声以上の生き物の存在を感じない。
だからこれは偶然でなく必然だった。
「ポーラ様」
ファスカの声に目を向けると、ハンドサインで止まるよう指示されており足を止める。
「先に魔物がいます、処理してきますのでこちらで待っていてください」
「はーい」
ポーラは戦闘しないよう言われてもいるし、そもそも戦えるものでもない。手をひらひらと振って、笑顔で見送った。
ファスカが森の中に消えてから肩で息をして、深呼吸。ベルトルーガ商会から貰ったタオルで汗を拭う。
ファスカの消えた方向から、獣の様々な声が聞こえる。威嚇する唸り声から悲鳴のような声。時折混ざる爆発音は魔法かそれに類する何かだろう。
1人にも関わらず絶え間なく続く戦闘音はファスカが未だ倒れていないことの、だんだんと減る獣の声は優勢であることの証左だ。
近くの倒木に腰を下ろして、空を見上げる。
重なり合った木々の葉の間から差し込む陽光はキラキラと輝いていて、異様な音にさえ耳を塞げば素晴らしい光景だ。
その異音もいつしか消えた。
一言で言えばポーラはこの世界を甘く見ていた。
初日に狼に食い殺されていながら、その恐怖を正しく受け止めていなかった。
あの時はゲームだと思っていたし、今も正しく受け入れていない。
そう、受け入れていなかった。
「ポーラ様……!」
ファスカの声が聞こえた直後、ポーラの体は衝撃を受けて突き飛ばされた。
それがファスカによるものだと気がついたのは、ポーラの視界に赤が広がったからだ。
「え?」
赤い世界はいつまでも続かなかった。
二つに分かれたファスカがピクリとも動かなくなって、血が、身体が光の粒となって消えていく。
「ガルルルルルァ」
唸り声はどこか遠い。後に残されたのはポーラと巨大な爪を持った黒き虎の如き獣。
そして光の粒の中に残された結晶石だけだった。
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