第3話 旅立ち
正直ポーラはこの商会の子供になりたかった。
食事は美味しく、布団はふかふかで、メイドが身の回りのあれこれをしてくれるのだ。
たった1日で堕落できるだけの力があった。
そもそもとしてこの世界がゲームであってゲームでないというのがいまいち実感できていない。
確かに恐ろしくリアルであり全てが虚構というのは信じられないクオリティであるが、ポーラは比較対象を持たずそう言うものと言われれば否定する手段がない。
とはいえ何もせずにダラダラと過ごし続けるほど心臓は強くない。
自分が何かできるかわからず、そのような状況で怠惰貪るのは将来が怖い。
所持品は皮装備一式にバッグ、金貨1枚銀貨10枚に謎の液体が入った瓶が二つである。
液体はおそらくポーションという奴だろう。
初期アイテムが実は強いというのはゲームあるあるであるが、これはどうだろうか。
あと1日、などといっていたら取り返しつかないところまで1日が伸びても不思議はない。
現実よりよっぽど生活の質が高かった。
そういった葛藤を経て、一泊した翌日にポーラは旅立つことを決めたのだった。
流石に主人たるベルトルーガこそいなかったものの、幾人もの執事、メイドに見送られて屋敷を後にしたポーラとファスカ。
獣にズタボロにされた服は新しく高品質なものに交換してもらい、武器も初期装備よりも良さそうな物を頂いてしまった。こういう特別扱いはどこか主人公っぽいと思う。
なお、ファスカは変わらずメイド服であった。
なんでもベルトルーガ商会は世界に名だたる人材派遣業を営んでおり、この格好の方が都合が良いらしい。聞いたこともない素材で作られており、相応の性能があると言われればこの世界の骨子はファンタジーなのだと改めて思い知らされる。
戦闘力はメイドに求められる力ではないと思いつつ、戦うメイドに心惹かれないかと言えば嘘である。
屋敷を出てしばらく馬車の外を流れる景色を楽しんでから、隣に座るファスカと話を始めた。
「そういえばスキルとかレベルとかあるんですか?」
「はいあります。ただそれを判別する手段はありません」
ファスカからの部分的肯定。判別する手段がないとはどういったことか。
「例えば」
そういってファスカの手の上に火の玉が現れる。急な熱源の出現にびくりと震えるがファスカはそのまま話を続ける。
「これは『火球』と呼ばれています。これは『火球』が使える人が同じように使えますが、これが使えることを『火球』が使えると定義しています」
「つまり『プチファイア』って言っても良い?」
「それは、そうですね。なぜそのような結論に至ったのか疑問ですが言うだけなら自由です。ただ共通認識として『火球』と呼ばれている中で別の名前を持ち出すのはどうかと思います」
唐突に飛び出したプチファイアに怪訝そうではあるが、ファスカは火を消して手を閉じた。
「ちなみに僕もそれ出来るのかな」
「ええ、出来ます」
「ほんと?」
ポーラは手を開いてみるが、何も起こらない。
「魔力の具象化はきっかけが必要です。魔物を倒すことが多いですが、これがレベルアップと言われています」
「魔物」
いかにもゲームだ。
「それならステータスは?」
「ステータスも可視化出来ません。SP、スキルポイントはおよそ測る手段がありますが、HPは当て方などにも影響を受けるため明確に判定する手段はありません」
スキルポイントとは、スキルを使用するための力で魔力のようなモノだと思えばいいらしい。
「この世界では装備制限、スキル取得制限が無くなっているとのことです。魔術の威力を数値化する取り組みもありましたがそもそも均一に効果を発揮するためにも別のステータスが必要だったらしいです」
「大変だねぇ」
「代わりと言っていいのかわかりませんが、新しい評価基準があります」
「新しい?」
「はい。先ほどのステータスはプレイヤーの方のための説明です。現在ステータスといえば、装備、魔術の威力です」
「それはゲームとは違う?」
「はい。STR、VIT、INT、SPD、LUCといったステータスがありましたが、現在は装備、魔術ごとの威力、回数のように実際に測れるものを記録しています」
例えば『火球』であれば、火球1〜5、それ以上になれば火炎波1〜5、火炎柱1〜5というように外部から測れる形で数値化することになった。
「火球1はINT幾つ相当、という基準はあるようですがプレイヤーの方にしかわからない区別ですので普段使われることはありません」
ここまで言って、ファスカはハッと口元を押さえた。
ポーラは魔狼に一方的になぶり殺されただけで限りなく成長経験がない。つまり、ゲーム開始時点のステータスの可能性が高い。
「……少々お待ちください、少し連絡をとります」
そう言って目を閉じる。何かそういうスキルがあるのだろうとポーラは勝手に納得する。
「……はい、はい。承知しました」
はい、という声だけ聞いていると電話越しに何度もお辞儀をする様を思い出す。
目を瞑ってから色々と話していたが一通り話がついたのだろう、こめかみに当てた指を離してポーラに向く。
「ポーラ様、すみませんがしばらく貴方は戦闘を行わないようお願いします」
「え、うん、僕は構わないけど」
どうやらほぼ初期ステータスのポーラの状態を測ることで、ステータスチェックに新しい基準が設けられないか、ということらしい。
ポーラとしても別段困ることではないし、快く了承した。
「ありがとうございます。ミフナ様のところまでは私がお守りいたします。魔族領で実際の話があると思います」
色々と聞きたいことはあるが、聞き捨てならない単語が飛び出した。
「魔族領?」
「ミフナ様の二つ名、戦魔神というのはご存知でしょうか」
そう言えば、昨日ベルトルーガが色々といっていたなとポーラは記憶を振り返る。
残念ながらベルトルーガの爆撃皇しか記憶になかったが、戦魔神つまりミフナは魔族というやつなのだろう。
「魔族もいるんだ」
「ええ、ミフナ様の下に集まった者達を魔族といい、その支配域を魔族領といいます」
ポーラの魔族もいるというのはゲーム設定上の話だったのだが、ファスカの言葉に違和感がある。ミフナ様の下に集まるものを魔族という、ということはミフナがいて魔族が生まれたということか。
ファスカの知識はこの世界で育ったものである。プレイヤーたるベルトルーガの教育のもとゲーム世界という視点を持ってはいるが、下敷きとなる常識はこの世界のものだ。
そのためポーラの戸惑いは感じるがそれがどういったものなのか理解できない。
「魔族とは戦魔神の強さに焦がれ灼かれた者たちです」
そのため、まずは言葉の定義を伝え、質問があれば答える方式で話を進めることにした。
「彼らは基本的に強さのみを追い求め研鑽しています。統治というものにおよそ興味がなく強さのみが全てです」
「種族は問わないってこと?」
「はい。そうですね、戦魔神を王とした『魔族という国』という認識が近いと思います」
なるほど、それならポーラも理解できる。
コクコクと頷いて続きを促す。
「彼らはおよそ生産性というものがありません。ですので庇護を受ける条件で彼らに奉仕する民はいます。この森は彼らの戦闘における魔力の余波で異常成長していると言われており、境界の維持は多くの国で国政となっています」
その自然の恵みも魔族領の主要産業の1つである。
「戦魔神ミフナ様。プレイヤーでありベルトルーガ様と同じく既知外と呼ばれる13のプレイヤーの1人です」
既知外とは今なお世界に絶大な影響を与える13人のプレイヤーを指す。
現実よりもゲームを優先したいわゆる廃人達でプレイヤーは他にも何人もいるが、この13人に及ぶほど全てを投げ捨てた者はいない。
「魔族の中にはミフナ様の子孫もおられ、その力を受け継いだ優秀な方々だそうです」
プレイヤーは歳は取らないが、子供は生まれる。子は括りで言えばNPCに該当し、能力を受け継ぎやすいが寿命はある。その事実に絶望し死を選んだプレイヤーもいる。
「年に四魔公選出戦が行われ、この時期には魔族領は腕に覚えのある方々が世界中から集まります」
沈んだ空気を変えるようにファスカは話題を変えた。
「もし強さに興味があれば魔族領で過ごすというのは良い選択です。ここは強くなるには最も適していますから」
プレイヤーであるならその成長速度も保証されている。
成長の壁はあるがそこに到達するまでの早さも超える確率もこの世界の住人の比ではない。
とは言え、絶対ではない。実際に四魔公にはプレイヤー以外からも選出されている。
「四魔公って何?」
「その年に最も強かった4人でしょうか。1年間、魔族領において可能な限り最大の権力を持ちます。基本的になんでも出来ます。売られているものはなんでも無料で手に入れることができますし、その、男も女も好きなだけ」
言葉に詰まったのはポーラが幼い外見をしているからだ。
ポーラが全く気にしていないのは無知故か、慣れ故か。ここまでの観察では外見相応に青いイメージはあるがプレイヤーは身体と精神が乖離しているものが多い。勝手な想像ではなくもっと見極める必要があると気を引き締める。
「とはいえ、そこまで強い者は強さに取り憑かれていますから雑事に惑わされることなく力を磨く機会と捉えるものがほとんどと聞きます。度が過ぎればミフナ様直々に潰されます」
「四魔公って最も強い人達なんでしょ? そのミフナ様ってそんなに強いの?」
「プレイヤーの中ですら別格らしいですよ。四魔公の中で特に序列一位の場合はミフナ様に願い事を叶えていただけるのですが、“本気”の立ち会いを望んだものは漏れなく死んだそうです」
「死ぬんだ」
「ええ、蘇生すると力の幾らかが失われますから、翌年に四魔公に選ばれることはほぼなくなるそうです」
現実ではあり得ない死生観にポーラはここがゲームの世界だろうという気持ちが湧き上がってしょうがない。当たり前のように蘇生という単語が出てくることに驚けばいいのか安心すればいいのか。
「すごいですね」
「はい、まともな治世こそありませんが、見方によれば最も安定した土地の一つでしょう」
「ファスカさんの知識が」
心底感心した声に、ファスカは少し瞬いて。
「ありがとうございます」
そんな会話をしながら1日馬車に揺られ続けた。
そんな状況で休息のために寄った町で、ポーラは自らの勝手を悔いた。
自分が施しを受けるのは当たり前ではないはずだ、と。
「ファスカ、ごめん。こんなご飯じゃ辛いよね」
固めのパン、野菜のスープ、獣肉の照り焼き、初めての宿の夕食は、悪くはないのだろうがベルトルーガ商会の食事に比べると格段に劣る。ポーラはたった一晩の食事でこうなっている、商会で生活していたファスカではさもありなん。
今更になってファスカの負担がでかいことにポーラは気づいたようだ。
もそもそとパンを齧りながらポーラはしょぼしょぼと萎れていた。
辛いのはポーラではないのか?そんな何処か抜けた小さなご主人様を見て、ファスカは口元を綻ばせた。
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