テルデの守り手(1)

「すべては、ゼレセアン様がフェルティアード様の騎士だったがゆえです。いち住民や、旅人からの通報であったなら、我々はせいぜい、調査と犯人捜し止まりだったでしょう。アレンの詳細な……まあ今回は偽りだったのですが、その経験を、ゼレセアン様が我々にお伝えし、さらに気にかけてくれたことが幸いしたのです」


 しかし、とシトーレは続けた。


「ゼレセアン様は大変正義感のお強い方だった。知り合った少年のために、賊を少しでも弱らせようと動いてくれた。これは、誰も責めようのない誤算でしょう」

「無断で事を起こしたのは、責められるべきだと思うがな」

「それは悪かったと思ってるよ……」


 上官に自分の行動を思い出させられ、ゼルはカップの茶をひと口含んで忘れようとした。


「あの事件で、アレンはようやくゼレセアン様が騎士だと信じ、同時にその行動力を目の当たりにすることになった。加えて、屋敷ここにお呼ばれしたことで、自分の嘘がフェルティ様の耳にまで届いていることを知ったわけです」

「フェルティ様にまで嘘をつくなんて、耐えられなかった。だからおれ、あのあともう一度フェルティ様に会いに行ったんだ」


 ゼルは、一緒にフェルティアードに会った時のアレンを思い起こしていた。あの緊張ぶりは、演技ではなかったはずだ。それをおしてまで、単身フェルティアードに会いに行くとは、よほど思い詰めていたのだろう。


「実は、あの日見た鳥の羽根も、エティールのだって言い切れる自信はなかったんだ。でもお屋敷に向かう直前、飛んでる本物を見て、あれがエティールのものだってやっと確信したんだ」

「わたしはアレンから事の次第を聞いた。殺人などなかったこと、そして賊と通じていると思われる、エティールの尾羽を持つ男の情報を得たのだ。あれの所持を許されるとはつまり、ベレンズ貴族か、あるいは貴族の息がかかった者ということになる。賊どもと情報交換をする立場なのは、想像に難くない」


 大貴族の街でそんなことをするとは。それに、賊などと繋がりを持つ貴族がいることにも、ゼルは衝撃を受け、怒りも感じていた。それが顔にも表れたのだろう、フェルティアードがゼルの目を見据えてきた。


「ゼレセアン。言っておくが、賊になんらかの弱みを握られていた可能性もある。であれば、貴族側は下手に手が出せん。賊のようなやからの一部に紛れ込み、真に敵対する者の裏をかくのを生業なりわいとする者もいるが、今はそれについて詮索する時ではない。こちらの話を進めるぞ」

「……わかった。で、その貴族側らしいやつが重要だったのか?」


 感じた陰鬱さから目を背け、ゼルは自分から話の続きを促した。


「アレンが見た男は、賊に対しても顔を見られないようにしていた。ということは、顔を覚えられては困る立場だったのだ。もしくは、暴こうとするなら情報は渡さない、という取り決めがあった。となれば、賊どもはどうやって関係者を見分ける?」

「顔を知らなくても、情報提供者だとわかる目印を決めて……あ!」


 ゼルが思わず声をあげる。フェルティアードは、ゼルが気づいた“答え”を机から取りあげた。


「相手が顔も見せない者であろうと、を持ち得ることが何よりの証しだったのだ。やつらのあいだではな。ゆえにわたしは、それを利用することにした。そのためのの用意など、易いものだ」

「というわけで、旦那様はあのぼろを着て、警備隊が苦心して突き止めた賊の拠点に向かったのです。わたくしにそのことを言われたのも、屋敷を出る寸前でございました」


 言って、シトーレはずいぶんと大きなため息をついた。


「ゼレセアン様。先日、“旦那様の無茶は一度きりだった”と申しあげましたが、撤回いたします。まさか今でも無茶をされるとは」

「無茶などするものか。自分でどうにかできぬことに、首を突っ込んだ覚えはない」

「なんと。ではもし正体が破られたら、一体どうなさるおつもりだったのですか」

「その場で全員斬り伏せたとも」


 もちろん頭領の喉笛を貫いてからだ、とつけ加える。この時ばかりは、シトーレもゼルも、机を囲んでいた全員が言葉を失っていた。


「なんだ、真に受けたのか、シトーレ。おまえらしくもない。事前に、周辺を回る隊員には知らせていた。騒ぎが起きたらすぐに向かえとな」


 万が一への保険は準備していたようだが、ゼルは、この男なら単独でもやりかねないと思った。森で助けに入ったあの時、彼は長剣を失っていたというのに、少なくともひとりの死体が転がっていたのを見ている。怪我もほとんど癒え、使い慣れた得物をいたとなれば、三人程度は軽く倒しただろう。


「わたしの予想通り、やつらは尾羽をちらつかせただけで、すんなり警戒を解いた。アレンからの新たな情報で、複数の人間が賊に接触している可能性もあったからな。これが事実なら、やつらは情報提供者の見た目など気にもとめていないはずだった」

「なんだ、おまえまた屋敷に行ってたのか」

「ゼルが、通りで助けてくれただろ。あの時おれがぶつかった人、尾羽を持ってたんだ。だからフェルティ様に教えなきゃと思って、屋敷に行ったんだよ」


 アレンは確か、人殺しの現場にいた男に似ていたから驚いた、と言っていたが、本当のところは、賊と話していた男と同じ物を持っていたから驚いた、ということだったのだ。


「手土産に警備隊の巡回路を渡してやれば、あとは楽なものだ。頭領本人から今日の計画を聞き、その中に入り込んだ。キャスリーンが攫われていたのは想定外だったが、扱いをわたしに任せられたのは僥倖ぎょうこうだったな」

「ん、それっていつの話だ? アレンが通りから屋敷に行って、そのあとケイトはおれと会った直後に攫われてるから……」

「おまえが手紙を持ってくる前だ。予定が変わったと言ったろう。それがこのことだ」


 それで合点がいった。あの時、フェルティアードは賊の計画も、ケイトがその手中に落ちていることも知っていたのだ。だから、機会を見逃すなと言ってきた。誰でもない彼自身が、その機会を作ろうとしていたからだ。

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