アレンの告白(2)

「それと、きみには感謝もせねばなるまい。わたしの指示を的確にこなしてくれたおかげで、ゼレセアンはひとまずの窮地を脱せたのだからな」


 そうだ、とゼルは身を乗り出した。ケイトが自分にしがみついてきた時、彼女は片手に短刀を持っていた。あの時はなぜ、と理由を気にする暇もなく、敵ではないとわかった外套の男と、それに注意を向けた頭領レドを瞬時に無視し、残った脅威であった銃手に投げつけたのだ。


「ケイト、あの時やっぱり何か言われてたのか?」

「はい。あの銃の人がゼレセアン様に近づいてる時に、小声で言われたんです。縄はもうほどいてあること、ゼレセアン様のほうに突き飛ばして逃がしてやること。そして、短刀を持たせるから、それをゼレセアン様に渡すように、と」

「おまえがきっかけを探していたのはわかっていた。あの状況で銃手を狙うのは当然だが、よく一度で沈められたな」

「無我夢中だったから、はっきり覚えてないよ。銃があんなに重いのも、あとから気づいたくらいだしな」


 フェルティアードが、ごく自然に褒めているような言葉を使うので、ゼルはむず痒いような気分になった。


「ゼレセアン様の奮闘ぶりは、それは見事なものでしたが、警備隊が旦那様たちの身の安全を保証できたわけではなかったので、わたくしはもう肝が冷えて仕方ありませんでしたよ」


 アレンを座らせたシトーレは、茶を淹れながらため息をついた。彼はあの時、外套の男がフェルティアードだとすでに知っていたようだ。


「そもそも、旦那様はどうやって賊に取り入ったのですか?」


 ケイトがもっともなことを尋ねる。それはゼルも気になっていたことだった。顔も見せずに、いかに仲間と思い込ませたのか。


「それを話すには、まずアレンからだな」


 フェルティアードに目配せされ、アレンはびくりと肩を震わせた。すっかり元気のない彼に、ゼルは首を傾げる。

 アレンはフェルティアードから始め、おそるおそるといった目で全員の顔を見回してから、最後にもう一度ゼルに目を合わせて、頭を下げ、言った。


「ゼル、ごめんなさい。おれ、嘘をついてた。あそこで人殺しなんて、起きてなかったんだ」


 人殺し。それは、ゼルがアレンと初めて会った時、彼が見てしまったという、すべての発端になった事件だ。それが、起きていなかった?

 ゼルの出方を見てか、アレンは口をつぐんでいる。ゼルのほうは、ありもしなかった事柄に振り回されていたことへの怒りより、なぜそんな嘘をつく必要があったのか、という疑問のほうが頭を占めていた。


「ゼレセアン。その反応の無さは、アレンの行動の理由がわからぬゆえか? それとも理解が追いつかぬだけか」

「り、理解はしたよ、当たり前だろ」


 フェルティアードの声で我に返ったゼルは、すぐさま答えた。茶を持ってくるのに、すぐ隣に来ていたシトーレにも気づいておらず、内心彼にも驚いていたのは、もしかしたらシトーレにはばれていたかもしれない。


「アレンはその時、人殺しを見たわけではなかった。だがある意味で、もっとよくないと思われるものを見てしまったのだ」


 フェルティアードは席を立ち、話を続ける。


「ひとつは賊。武器こそ構えていなかったそうだが、少なくともテルデの民でないことはわかったようだ。もうひとつは、これだ」


 皆の目が届く机の中心に、彼はあるものを置いた。


「鳥の羽根……?」


 ゼルはそうつぶやいたが、直後にそれがただの羽根でないことに気づいた。細く長いそれは、翼から落ちるものではない。そして、一枚の中で幾度も色を変えている。つまり、エティールの尾羽以外にあり得ないものだった。


「アレンに知識があり、またよく考えが回ったおかげだな。彼はこの尾羽を持った人物を見て、それが高貴な身分の者と判断した。だがその者が話していたのは、どう見ても怪しい他所者よそものだった。そして他所者は、この高貴らしい男を脅しもせず、むしろ対等に接していたというのだ。違いないかね」


 アレンは頷いた。


「路地に飛び込んですぐ、ぼくは人にぶつかってしまいました。さっきのフェルティ様みたいに、外套で身を包んで、頭巾を目深に被って、顔は見えませんでした。それに、その人の周りには怖そうな男の人が何人もいて。でも、ぼくがぶつかったその人は大丈夫か、と手を差し伸べてくれました。そして、屈んでくれたその人の腰のところに、その羽根が見えたんです」


 茶が満たされたカップがそばに置かれても、アレンは机の敷物だけを見つめ続けた。


「エティールの羽根を持ち歩けるような偉い人が、怪しい人と何かを話し込んでる。ぼくは怖くなって、その人が、危ないからすぐ戻りなさい、というようなことを言ったのも最後まで聞かないで、路地を飛び出しました」

「で、今度はおれにぶつかって捕まった、と」

「うん。あの人は今思うと、ぼくなんかにもとても優しくしてくれてたよ。でも、男の人たちは頭巾の人を止めこそしなかったけど、ぼくを睨んでた。あそこでまごまごしてたら、男の人たちのほうがやってきて、ぼくもゼルも、使用人様まで危なくなると思ったんだ」

「だから、人が殺されたなんて大事おおごとにしたのね」


 ケイトの相づちは、どちらかというとほっとしたような口ぶりだ。


「すぐにあそこから逃げるのに、どうにかふたりに“危ない”ってことを伝えなきゃと思ったら、ついそう言っちゃってて……」


 嘘をついたのは、悪意からのものではなかった。そのことがわかったゼルに、問い詰める気力はなかった。ただ、それのせいで振り回された警備隊やシトーレは気の毒に思えたので、迷惑をかけた事実はつけ加えることにした。


「そういうことか、わかったよアレン。でもおまえのその嘘のおかげで、警備隊はありもしない殺人現場の調査をさせられたんだからな。おまえの安全のために、編成まで変えて……いやでも、襲われる危険はあったわけか」


 しかしそれを言う途中でゼルは、アレンが本当に見聞きした出来事とは、確かに彼の身の危険に繋がりかねないことだったと思い直した。


「結果的に、アレンの安全を確保するという点では、彼の嘘はいいほうに働きました。ですが、悪いほうに働いてしまった面もあった」


 自身の分の茶も淹れ終わったシトーレが、ようやく席に着く。


「それが、あのベルナーの店の事件だ」


 フェルティアードが引き継いだその言葉は、ゼルに重くのしかかった。

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