第七章「午後三時、談話室」
アレンの告白(1)
屋敷に帰ってからの時間は、瞬く間に過ぎていった。ゼルは、自室に待機していた医師の診察と治療を受け、ケイトとアレンは客間をあてがわれていた。昼の時間も跨いだため、ゼルのところには昼食が運ばれていた。おそらく、ふたりにも同じ扱いがされただろう。
この昼食を届けてくれたニールは――木の枝のような虫を思い出させる細さの、例の青年だ――、フェルティアードからの伝言も携えていた。その中身は、三時に談話室に来るように、というものだった。どうやらそこで、なぜフェルティアードがあそこにいたのか、なぜアレンまでが召集されたのかという話をするようだ。
屋敷の探索をとっくに済ませていたゼルは、一階にある談話室の場所は知っていたので、遅れず到着した。むしろ早いくらいだったが、そこにはすでにケイトがおり、食堂ほどではないが、長い机の席のひとつに、ちょこんと座っていた。ぱたぱたと部屋を整えて回る使用人たちに、せわしなく目を向けている。
「あら、ゼレセアン様、お早いですね。お怪我は大丈夫でしたか?」
声をかけてくれたのは、“フェルティ”の愛称を教えてくれたエリーだ。ゼルが平気だと伝えると、彼女は小走りで近寄ってきて、ささやき声で話し始めた。
「あの子、大変な目にあったって聞きましたわ。だっていうのに、わたしたちと同じくらいにここに来て、お手伝いしますなんて言うの。ゼレセアン様、フェルティ様がいらっしゃるまで、あの子を座らせててくれませんかしら」
ゼルは思わず苦笑した。仕事熱心なのは素晴らしいが、本人も気づかないくらい、今日のことは負担になっているに違いない。身体が動くからとがんばったら、明日になって急に動けなくなる、なんてことも起きかねないのだ。
「わかりました、任せてください」
エリーがほっとした顔で談話室をあとにしたのを見送り、ゼルはケイトのところまで行くと、隣の椅子を引いた。
「落ち着かない?」
「は、はい。仕事がまだまだのわたしが何もしないで、先輩方にお仕事をさせてしまっているようで」
「なんだ。てっきり、旦那様に直に会うから落ち着かないのかと思ってたよ」
ケイトの思考を、仕事を怠る自分へではなく、別の方向へ誘導してやる。自責の念などがあったら、疲れが重くなる一方だ。
そしてこれは、自分をも落ち着けるためのものでもあった。机上に置かれた白く細い手首に、痛々しい手枷の跡が残っていないか。
もしそれらを見つけでもしたら、ケイトに謝罪の雨を降らせることを耐え抜く自信がないのに、ゼルは些細な傷を探すことを押しとどめられなかった。
幸い、そのような怪我らしい怪我は見当たらず、ケイトはというと、旦那様のことを思い出させられたせいで、ゼルの探るような視線には気づいていないようだった。
「あっ、そ、そうでしたわ、
「よかったな、暇を出される前に、まともなお話ができるかもしれないぜ」
「いやですわ、そんなことおっしゃって」
笑いながら、ゼルは椅子に腰かけた。ケイトの頭の中は、今やすっかりフェルティアードのことでいっぱいになったようだ。
「大体、馬車に乗った時に顔を突き合わせたじゃないか」
「正面ではありませんでしたし、外を見たり、あとはその……ゼレセアン様のほうを見て、紛らわせていましたわ」
ゼルは、上目遣いで何度も見られていた気がしていたことを思い出した。何か言いたいことがあるのかと思っていたが、自分の顔はケイトの目の避難先になっていたらしい。
エリーが茶器を持って部屋に戻ってくると、続けてフェルティアード、シトーレ、そしてアレンがやってきた。強張っていたアレンの顔は、ゼルを見つけるなりみるみる緩んでいった。対してケイトは、音まで立てて席を立っている。
「どうしましたケイト、はしたないですよ」
シトーレが眉をひそめたが、その声は穏やかだ。
「座りたまえ、キャスリーン。きみにはここに来ることを強制しなかったはずだが」
フェルティアードの確認するような言葉に、ケイトはひどくゆっくりと席に戻りながら口を開いた。
「はい。でも、一介の使用人に、このような場に来ても
ケイトは丁寧に受け応えたが、その声が震えていることは、ゼルには筒抜けだった。
「きみの喉に刃物を突きつけた領主を、まだ信用するとは。恐れ入る」
自嘲に似た笑い声を漏らして、フェルティアードは席についた。ケイトはその台詞で、まさにその瞬間のことを思い出したらしく、一瞬で血の気が引いていた。殺す気などなかったとわかった今でも、生きた心地がしなかったであろう記憶は、強く刻みつけられていたようだ。
「それについて、わたしは謝罪せねばならんな。きみを助けるためといっても、領民、しかも己の屋敷に従事する者を手にかける真似事をしたのだ。悪いことをした」
「そ、そんな、私なんかに、謝罪など、身に余るお言葉でございます……!」
さっきはああからかったけど、別の意味でまともじゃない会話になっちゃったな。ゼルは、一転して真っ赤になったケイトをまじまじと見つめながら、そんなことを思っていた。
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