制圧の呼号(2)

「アレン! おまえ……!」

「ゼルに手を出すな、悪党!」


 震える大声でそう叫ぶと、アレンはまた石ころを投げつけてくる。さっきまで行われていた“運試し”のせいでできた、石壁の残骸だ。

思わぬ妨害が入ったことで、最後の壁となっていた賊たちに、あの少年を先にどうにかするべきかと、迷いが生じたようだった。


 しかし、団結力に関しては、彼らよりもテルデの民のほうがひと回り上だったようだ。アレンの行動を目の当たりにした民衆は顔を見合わせると、めいめいが投げつけられるようなものを探し、手当たり次第にレドや賊に向けて放り始めたのだ。


 当然、警備隊も巻き添えを食うことになったが、被害の度合いは賊の比ではない。警備隊が優勢になっているとわかった民衆は、遠巻きにしていたところを、その距離をどんどん狭めていった。


 ゼルは、訪れた突破口を見逃さなかった。こちらへの注意が緩んだレドに、長銃を投げつけたのだ。打撃を与えるためではなかったので、彼の身体がかしぎ、剣撃を封じることができたのがわかっただけで十分だった。


 地面を蹴り駆け出す。できれば背中に回りたかったが、真横でも構わない。留め具すらつけたままくたびれた外套を翻し、ゼルはそれをレドの顔に叩きつけた。


 よろめいたならこちらのものだ。全体重をかけて、ゼルはレドを地面に押し倒した。倒れてもなお剣を手放さないというしぶとさは見せたが、ゼルが腕を蹴り飛ばせば、得物はあっけなく飛んでいった。そのかんも外套を抑え続けていた腕を軸に、レドを踏みつけるようにのしかかりながら、ゼルは赤い布を彼の顔に押しつけ、声を張りあげた。


「動くな! かしらの息の根を止めるぞ!」


 もがくレドの両手が、ゼルの手首をぎりぎりと締めつけていたが、銃弾を受けるよりずっとましだ。民衆からの投擲にもめげずに残っていた、数えるほどの賊たちは、ゼルのこの宣言で剣を止めた。そして、ゼルの下で、今まさに呼吸を止められそうになっている頭領を認めると、恨みがましそうに、次々と剣を折っていったのだった。


 拘束されていく賊を見て、ゼルがわずかに力を抜くと、途端にレドが大きく暴れてゼルを振り落とした。だがすでに警備隊がふたりを取り囲んでいたため、ゼルの外套を外されるのと同時に、レドはその腕を縛りあげられた。咳き込みながらも、こちらに完全に背を向けるまで、彼はゼルから片時も目を離すことはなかった。


 頭領が捕まると、広場は住民たちの歓声であふれ返った。警備隊、フェルティ様、そしてゼレセアン様と名を呼び、讃える声が満ちていく。


 震える腕でやっと上体を起こしたゼルは、民どころかフェルティアード本人まで巻き込んだこの一大事が、とうとう終わりを迎えたことを、肌で感じていた。


「まったく、世話の焼ける騎士だ」


 近づく足音に続いて聞こえた低い声は、単調ながらも呆れ返っているようだった。身をよじれば、薄汚れた外套姿のフェルティアードがいた。彼はゼルの前で止まると、頭のてっぺんから足の先まで、ざっと目を走らせた。


「怪我はないな。立て」

「なあ、おれのこの顔の傷、見えてないのか?」

「その傷が脚まで達しているようには見えんがな」

「脚のことならそう言えよ」


 差し出された腕を、ゼルは迷わずにつかんだ。確かに脚は無事だったが、あの銃のおかげで、腕のほうが限界だった。


 ありったけの力を、握ったフェルティアードの手首に込めたつもりだったが、込めたそばから霧散していくような感覚だ。だが反対に、フェルティアードはゼルの腕を力強くつかみ上げてきたので、ゼルはすんなりと立ち上がることができた。


「ゼレセアン様!」


 いまだわく民衆の中から、ひとりの少女が駆け出す。その声にゼルが振り返った時には、彼女はゼルの右手を包み込むように握っていた。


「ゼレセアン様、お怪我は……腕は!」

「だ、大丈夫だよ。痺れて力が入らないだけさ」


 よかった、というつぶやきがもれたかと思うと、ケイトは顔を赤らめてその手をぱっと離してしまった。


「すみません! 使用人の身でこんな、馴れ馴れしいことを」

「気にしないで。それより、ケイトこそ怪我は?」

「目立ったものはありませんでしたよ、ご心配なく」


 代わって答えたのは、彼女を追って歩いてきたシトーレだ。


「しかし、あのならず者たちに囚われたうえ、身体の自由を奪われていたのです。どちらかといえば、心労のほうが重いでしょう。隊の者に馬車を呼ばせましたので、ケイトも乗せて構いませんかな、旦那様?」

「もちろんだ。積もる話もあるが、彼女にはまず十分な休息と、ゼレセアンには手当てが要る。それと、もうひとり忘れているぞ、シトーレ」


 馬車に乗せられることに取り乱しているケイトはゼルに任せ、フェルティアードとシトーレは話を進めていく。


「はて、もうひとり、とは……ああ、そうですね。わたくしとしたことが」


 使用人としての柔らかな笑みを浮かべて、シトーレは民衆を振り返り、目を凝らす。母親らしき女性と手を繋いだ少年が、その視線に気づいたようだ。


「アレン! フェルティ様がお呼びだ。来てくれるかね」


 シトーレが大きく腕を振れば、傍らの女性が大きく瞬きした。アレンとシトーレを交互に見てから、アレンといくつか言葉を交わしたかと思うと、心配そうにその背を送り出してくる。走ってきたアレンがゼルたちのところに着くのと同時に、通りの奥から馬車が姿を見せた。


「来ましたな。いささか窮屈になりますが、ご容赦を。なに、数分の辛抱ですので。さあ、アレンも」

「え、え? おれも?」

「徒歩でいいならわざわざ呼びませんよ。みなさんに全容をお話しする前に、念のため旦那様と確認してもらわなくては」


 停まった馬車に乗り込む準備を整えていくシトーレが、不思議なことを口にした。ケイトも目を丸くしてアレンを見つめている。


「アレン? どういうことだ、おまえいつ――」

「さあ、旦那様から。ゼレセアン様もどうぞ、お早く」


 お楽しみはあとです、とばかりにシトーレに急かされれば、ゼルも駄々をこねてとどまるような子供ではない。痛む節々をさすりつつ、フェルティアードに続いて素直に馬車に乗り込んだ。

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