過ち(2)
「では、ラヴァエはアレンを家まで送れ。ゼレセアン、おまえには話がある。残れ」
深々とした礼を最後に、ふたりは部屋を退去し、あとにはゼルだけが立っていた。無音の室内で、フェルティアードは机を回り込んで椅子に座ると、机上に肘をついて手を組み、彼らしくもなくため息を吐いてから、話を切り出した。
「余計なことをしてくれたな、ゼレセアン」
遠回しな褒め言葉ならまだしも、まさか所業を糾弾されるとは思っていなかったゼルは、自分の耳を疑った。
「なっ、どういうことだよ! あいつらをほっとけばよかったっていうのか?」
「そうではない。わたしがおまえに求めたのは、あの少年に危険が及ばないよう注視してやることだったはずだ。賊を見つけ出し捕えることではない」
「けど、騎士なら賊を捕まえるべきだろ? 現に、あの主人はあのまま殺されてたかもしれない」
「そこまでの懸念があって、なぜそれをわたしたちに言わなかった」
ひと際大きくなったフェルティアードの声に、机に歩み寄っていたゼルは、その場でたじろいだ。
フェルティアードの言う通りだった。捕縛自体は、ゼルがアレンに呼ばせた警備隊が実行したが、そのために店主を命の危機に晒すことには目もくれていなかった。何かの拍子に賊が機嫌を損ねたり、事情が変わって仲間が増えなどしていたら、彼は十一時を待たず殺されていた可能性があったのにだ。
フェルティアードは、事を起こさせないことを第一として、ゼルに情報収集の任を与えていた。だがゼルは自分の手柄のために、事を起こさせてしまったのだ。
「……もし、おれがあんたに賊の話をしてたら、どう動いてた?」
「無論、警備隊の総力を挙げてベルナーを探した。街を出ていたとしても、当日店に戻るのは確定事項だ。時刻になる前に、首に縄をかけてでも保護しただろう」
賊に脅されるより、突然身内に捕まるほうがまだよかったかもしれない、とゼルは思った。少なくとも、たとえ街の規範に反するようなことをしていたとしても、フェルティアードがすぐさま死罪にするとは考えられない。
「功を
報告の中身を削るどころか、報告そのものを怠ったのだ。もっと手厳しい言葉を覚悟していたが、意外にもその気配はなかった。と言っても、それに甘んじるわけにはいかない。
「……知らせなかったのは謝る。あんたの街の人を、自分が目立つために利用したようなもんだよな。すまなかった」
ウェールの村で、
「でも、余計ってのはどういうことなんだ? 確かにやり方はよくなかったけど、賊の何人かは捕まえられたぞ」
「それが問題なのだ。シトーレの話では、賊どもは何かの下準備をしている様子があったらしい。幸い、罠をしかけたり人を
それを聞いて、ゼルは血の気が引く思いになった。フェルティアードは、犯罪行為を重ねる様子のない賊に対し、それ以上のことをすれば容赦はない、とばかりに、警備隊に目を光らせさせていた。その危うい均衡を、自分が崩してしまったことを理解したのだ。
「ゆえに、アレンが見たという殺人も妙だ。牽制し合う状況を自ら破るなど、得にもならん。結局あの件も、証拠は何も見つからなかった。賊などをかばう気はさらさらないが、やつらも馬鹿ではない。つまり無関係か、あるいは……」
「心当たりがあるのか?」
「いや、まだわからん。とにかく、状況はこちらが不利だ。理由はなんにせよ、我々が手を出してくるとわかれば、やつらがおとなしく当初の目的を遂行し、黙ってここを離れるとは思えん。何かしらの報復はしてくるだろう」
報復、と聞いて、ゼルの脳裏には、怯えるアレンの姿がよぎった。あいつは、一番まずい場で賊と鉢合わせしている。顔を見られたと思われるからには、まず片づけたい相手のはずだ。
今度こそ守らねばならない。騎士として、フェルティアードに認めさせるには、これしきのことができなければ、話にすらならない。
ぎり、と音を立て、ゼルは拳を握り締めた。
「まさか、この件の責任をとって、おれには謹慎処分なんてことはないよな」
椅子の背にもたれながらも、フェルティアードのその目は、ゼルからひとときも外されることはなかった。
「おまえが望むのなら、その処分もやぶさかではない。わたしとしてはそのつもりはなかったがな」
「ならちょうどいい。おれを警備隊の巡回に入れてくれ」
ゼルは正面からフェルティアードと目を合わせた。推し量るように細まった目は数秒ののちに閉じられ、唇がにべもなく現況を言い放つ。
「今の警備隊の配備には、たとえひとりでも人員を増やす余裕はない」
ゼルは歯を食いしばった。この男と隊長シトーレが、綿密に練りあげた配備体制なのだ。そう簡単に入り込めるはずがないことくらい、わかっている。わずかな可能性はないかと踏み込もうとした時、フェルティアードが見越したように発言した。
「だが、今さっきエーラ通りで起きた騒ぎのおかげで、我がテルデ警備隊の編成は、もう一度見直される必要が出てしまった。よって今夜、わたしとシトーレ、そして副隊長カルプスとで会議が行われる」
身体中から、締めつけるように湧いていた力が抜けていく。こじ開けんとしていた岩の扉が、ひとりでに入り口をさらけ出しているようだった。
「おまえがそこに参加したら、警備隊の職務にねじ込まれるかもしれんな」
数歩の距離を早足で詰め、ゼルの両手が机に叩きつけられた。
「何時に、どこでだ」
髭に隠れたフェルティアードの口角が一瞬だけ動いたが、無造作に投げて寄越された転機に、笑みが浮かぶのをこらえられなかったゼルは、それに気づくことはなかった。
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